中高年michiのサバイバル日記

世の中のこと、身の回りのこと、本のこと、還暦の中高年がざっくばらんに書きつける日記

私や年始によくでる予想・予測等を年末に検証していません。今年もその時期です。

1.まずは新型コロナ関連

(1)何かと煽り報道を続け、マスメディアも変わらず人を引き付け

ているようですが、ここへきて「緊急事態宣言」という格好の報道材

料が出るようです。

今日までこの年始も、駅伝、ラグビー、サッカーといった「定番」

が開催され、盛り上がっているのはいいこと、かと思います。

というか、夏の甲子園高校野球中止とか、あまりにヒステリックだ

ったかと思いだします。

私個人は、ラグビーが好きでニュージーランドオールブラックスのフ

ァンなのですが、技術レベルはともかく、高校ラグビーにも少し関

心があります。

当然ながら、参加選手にとって中止にならなくてよかったでしょう。

ふと、夏の高校野球大会に中止を思い出しました。

マスメディアが煽りに煽る新型コロナですが、夏の時期より冬に時期

が流行するのは、気温と湿度から、ある意味当たりまえ。数字の上で

も、マスメディアが言う「感染」は、夏より冬の現在がずっと激しい

はず。

結果は、夏の大会の多くは中止、大騒ぎして、例えば高校野球の大会

を中止したのに、格段に「感染」が多い冬のスポーツのラグビーはな

んでコメントしないの?

「数字」は、報道の都合が悪くなると無視?

野球よりラグビー接触プレイが多いのは、知っているはず。

あの夏の各州高校生競技の中止は、なんだったのでしょう。

現状のコロナの数字でOKならば、国内であれば、何の屋外スポーツ

大会もやっていいのでは?

「矛盾だらけ」の対応は今に始まったものではないですが、

今後「緊急事態」とは、参ってしまいます。

論理的説明、整合性がさっぱり解りません。

ある首都圏の首長などは、緊急事態宣言を「最後の切り札」とか、言

っているようで、政治センスを疑います。

先を読んでどんな難局にも、対応していく気概が政治家に必要です。

最後の切り札」発言は、次を想定していない「万歳突撃」を連想し

ました。

 

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2.今年の10大ニュース予想

(1)何事もいい加減な私は、過去のニュースの予想がどれだけ、当

たっていたかを検証したことがないし、深く考えていません。

性懲りもなく、この時期は、予想を聞いて、どうなるのかな、当たる

かね、と勝手に思ったりします。

 以下は、私が、ある程度参考にしているユーラシア・グループですが

今年も恒例の10大リスクというのを、発表しています。

世界のことし最大のリスク「米の次期大統領」米調査会社が発表 | NHKニュース

1 注釈付きの第46代大統領

(正当性を問われるバイデン次期大統領)

2 長引く新型コロナウイルス

(ワクチン供給開始後も続く政治・経済の衝撃)

3 気候:排出ゼロ目標とGゼロの世界

温室効果ガス実質ゼロに直面する政治リーダーの不在の

世界)

4 米中緊張の拡大

(ワクチン外交などで複雑化する米中関係)

5 グローバルなデータ争い

(データをめぐる世界の覇権争い)

6 サイバー転換点

(高まるサイバー空間のリスク)

7 冷えきったトルコ

(コロナ禍で経済危機に直面するトルコ)

8 中東:原油安が与える打撃

原油価格低迷にあえぐ中東)

9 メルケル後の欧州

(独メルケル首相政界引退に揺らぐ欧州)

10 ラテンアメリカの落胆

(コロナ禍で一層危機に陥る中南米

 今回は1の「正当性を問われるバイデン次期大統領」は解り易く、

納得がいきます。

本文を少し要約すると

①今月20日に就任するバイデン次期大統領がトランプ大統領や支持者

らから選挙は不当だと攻撃され続けることで弱い政権基盤となる

②バイデン次期大統領について、トランプ大統領やその支持者が不当

な選挙だったと攻撃を続けることで「国民のほぼ半数から不法に選ば

れた大統領と見なされ続けるだろう」と指摘しました。

③そのうえで、共和党が議会で抵抗を強めることでバイデン次期大

統領の政権基盤は弱くなり、外交面でも国際社会から信頼を得られな

くなる。

 私見も大方同意です。

政権基盤は弱く、外交面でも国際社会から信頼を得られない、となる

と極めて不安定であり、2021年は大変な年となると思います。

もちろん「大変な」というのは、日本の視点、日本への影響を含みま

す。

 

3.私も相変わらず・・・・

 私の発想も、今年も変わらず貧弱。昨日もデーマが同じだし、このと

ころ、読書を除けば、新型コロナと米国第老亮選挙が、私の思考範囲

の多くを占めているようです。

「関心の広がり」も、新年の課題ですね。

 

年明けですが、イライラは相変わらず、コロナと大統領選挙報道

1.相変わらずのコロナ報道

1月4日時点ですが、1都3県に緊急事態宣言を出すよう、首都圏

地方自治体の首長が国に要請し、国の対応を待つ、といった状況の

ようです。

そのあと夕方の報道では、今週(1月4日の週)中にも、国が1都3

県の緊急事態宣言を発出する、との観測。

また次々「報道」が続いて、よく解らなくなってきています。

相変わらず、コロナ報道は、メディアにとって、人々の関心をそそる

ドル箱(私の感覚が古いですね・・・・)的話題のようです。

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2.私が思うこと

(1)世の中、コロナで相変わらず大騒ぎで、首を傾げるような行政

対応や、煽り報道がなんと昨年2月頃よりずっと続いています。

この新型コロナに対する私の考え方は、一貫して変わっていません。
医学的な見解は、一番しっくりいく京都大学の上久保靖彦氏に拠って
います。
海外を比較分析する力は無論私にはなく、以下国内限定の見解です。
私には、新型コロナはウイルスは、総合すると、例年のインフルエン
ザ同程度の影響力に思えます。
感染者が1000万人になっても、私は驚きませんが、現状の桁違いの少
ない数字で、マスメディア中心に、大騒ぎして、煽り、社会生活に大
きな影響を与えるのは、どうか、といつも感じています。
素人ながら、一社会人として思うのは、各種行動制限やキャンペーンの中止、ましてや緊急事態宣言など、とんでもなく、感染症指定をはずす、せめて二類から五類に変更して、日本の医療ソースを活用するだけ、という見解です。
同じ先進国比較で、人口あたりの重症者、死者が百分の一から10分の一の中で、どうして医療崩壊なんて、言葉が出てくるのか、私には解りません。
冬になりと、気温が下がり、県壮士、ウイルスの動きが活発になって
感染症が拡大する(風邪がはやる)のは、常識の一つでしょう。
もっと、冷静に、真剣に、保身の「立場ありき」でなく、国民のことを考えてほしいもの。
立場のある人が、命を守るとか、今が勝負の時とか、理論もなしに、軽々しく言えるものではないと、思います。
(2)私が恐れるのは、通常の医療への影響です。
テレビ、新聞等のマスメディアも煽りたいのは解るが、少し、この世まともは報道をしてほしいと、いつも望むところ。
同じ先進国の数字比較、PCR検査の基準、PCR陽性であることと感染
との関係、他の感染症との関係、日本全体の重症者、死亡者に占める
割合等、懇切丁寧に、広く国民に、解り易く何度も説明するのが、マスメディアの責務のひとつと思うのですが、現実は違うのでしょうね。
 
 3.米国大統領選の報道
(1)いわいる「メインストリームメディア」では、トランプが往生際が悪い、ということでしょう。
①選挙でバイデンが勝った。
②不正投票、選挙が盗まれたとトランプ側は主張したが
最高裁まで行って負けている
③よって、選挙を覆すほどの不正はなかった。
④しかるに、しつこく騒いで、トランプ側は、往生際が悪い
となるのでしょう。
(2)トランプ側の主張は、多岐にわたりますが、本質的なところは
この不正選挙を正さないと、米国から「自由と民主主義」が失われてしまう。
米国が中国共産帳を軸とする「全体主義」の飲み込まれ、コントロールされてしまう機器を、回避せねばならない、ということ。
「自由の国米国」の存亡にかかわる大問題、いい加減言引くことはできない、となります。
直近は1月5日のジョージア州上院議員選挙、6日の連邦議会の上下院合同会議がポイントとなりそうです。
(3)私が思うこと
この件は、トランプ側の立場です。とはいえ、私に何かができるわけ
ではありません。歴史の生き証人として、今後の動向を30年くらいにわたって、追っていきたいところですが、それもかなわぬことでしょう。
2021年の年明け、始まったばかりですが、タイルつのように、この2つの案件のイライラは、止みそうにありません。

「2021年の抱負」 私の課題は創意工夫のある「継続」です。

1.昨年の振り返り

 (1)昨年書いたものの一部を引用すると、

① 〇硬軟合せた、幅広い読書を継続しよう 

  〇ブログを継続しよう

この2つ、つまり「継続」が、今年の抱負です。

無論、これが組織としての事業計画の一端や、評価シートであれば

 ・何だ、具体的数値目標がなしでどうやって達成度測るんだ?

 ・余りに抽象的、具体的にどういった対応するのか?

といった、突っ込みが入り、書き直し必至ですが、今の私には

これでいいのです。

 ②少し補足します。

 後日に、読むには読んだが、感想や私見を書くまでの理解に至ら

ず、没(ボツ)となった本の紹介として「敗戦記」をアップしよ

うと思っています。

気合を入れて読み始めたのですが、現在の私の当該分野の基礎

知識、分析能力像脳レベルでは、難しすぎたものや

単純に読み始めたが、興味を失ったもの、浮気に負け消えたもの

 ③いつの時代も変化しており、先のことは解らない、いくら歴史に

学んでも、歴史の通り「そのまま再現」というわけにはいかない。

私の好きな言葉の一つ「強いものが生き残るのでなく、変化に対応

できたものだけが生き残る」があります。

どんな環境変化があろうと、私は生き延びて行くぞ、その

中での短い1年間、という意味での抱負が、上記のようになるわけ

です。

(2)振り返り

昨年は、いろんな面で「じわじわ」とマイナス影響がありました。

経済的面も特にそうです。

一方、心身面、家族関係中心に「大きな」、「決定的な」変化はなか

ったように思います。

これも影響し、上記の「幅広い読書とブログ継続の抱負」は、でき

たかと思います。

では、継続した結果はどうかというと、大きく不満足。

成果は、「ほとんどでていない」という厳しい現実。

原因の一つとして、想定するのは、継続はしていますが、惰性に流れ

て、創意工夫がなかったように思います。

市場の選択、方向転換含めた広義の「創意工夫」の欠如です。

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2.今年の課題は、創意工夫

(1)と、書きましたが、重いですね。

誰だって、どこに位置していても、現状にとどまっていてはダメなの

は、認識しているし、意識・無意識に試行錯誤を重ね、創意工夫をし

ているではないか、と言われると、まさにその通りです。

民間企業の経営を例にとると、少しでも前に進んでいかないと、市場

から「淘汰」される、つまり潰れていく憂き目にもなります。

頑張るのは、まじめな人が多い日本で、「親方日の丸」の組織の方

も、私生活だけの方、まだ社会人でない方、引退された方もそうでし

ょう。

(2)「区切り」ですし、、、

とはいえ、人間が生きていくうえで、なんらかの「区切り」は必要

で、「正月」を「1年の区切り」と設定して、見える形で「抱負」を

認識することは、よいことでしょう。

無論、私がずるいのは「創意工夫」といったって、具体的目標文言や

数値基準設定に、二の足を踏んでいること。1年経過して、なんとで

も言い訳はつきそうです。

そもそも、国内外の情勢、家族の環境、自分自身の身の振り方等々と

いう、逃げも打てます。

「先が読めない」以上「具体的基準」の設定は不可能ともいえます。

そういったなか、あえて抽象的に「創意工夫」をあげます。

なんとでもとれそう。

過去、このブログでの何度も書いてきたように

「諦観」や「人間は変わらない」、「多神教的発想」、「適度の楽

観」といった、私のベースは変わらないでしょう。

(3)そういった中で、あえてもう一度「2021年の抱負」を書くと

「創意工夫のある継続」というところでしょうか。

すべからく、気持ちの持ち方次第、「損得勘定」で考えようという今日の結論

1.なまじ時間があると・・・・

(1)人間だれしも、多忙すぎて、というか考えるヒマもない状況

に置かれると、ある意味幸せでしょう。良からぬ「悩み」から解放

されます。

マズローの一欲求の5段階説設は、多くの方が知っていますが、

生理的欲求と安全の欲求が満たされると、社会的欲求、承認欲求

自己実現の欲求に向かという考え、です。

私は、少し違って、生理的欲求と安全の欲求が満たされると、とり

あえずはOKであり、先に進むか否かは、本人次第、ということ。

確かに、社会的、承認、自己実現となると、話は大きくかつ複雑、

個別性となり、一筋縄でははいかないと思われます。

歴史を振り返ると、ほんの少し前まで、人間の欲求は世界中のどこ

でも、腹いっぱい食べさせること。安全に暮らせること。

この2つを担保できるのが「良い為政者」であり、

逆に言うとそれだけ。

(2)幼くて、もしくは若くて、亡くなってしまうと

「これから楽しいことがいっぱいあっただろうに」という嘆きは、

世界中でよく聞くだろうし、おそらくそれは正しいでしょう。

と、同時に、生きていくと、苦しいこと、嫌なことも、

たくさん生じてきます。これはある程度の年齢になると「実感」

が湧きます。

先ほど書いたように、生理的欲求と、安全の欲求は共通であるとし

ても、楽しい、苦しい、うれしい、つらい、といった感情は、前2

者と直接的には、結びつかないことも、多いでしょう。

 個人差も激しいでしょう。

 

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2.損得勘定

(1)生理的欲求と安全の欲求が満たされたとして、人間たるもの、

「退屈」が耐えられないため、いろいろ考えますが、考える方向

しだいで、結果として精神を病んでしまうと、結局「損」だと思

います。

そうならないためには、各自がお気に入りの、回避方法を使うと

よいでしょう。例えば、私がよく使う諦観でも、「無視」でもよい。

自分の力でどうにもできないないことを、考え過ぎていっても

無意味、適当なところでやめましょう。

考え続けることが「生である」、との見解もあるでしょうが、私は

いい加減です。

タイトルにも書いた、「損得勘定」です。

(2)私の場合、日々、気になって、依頼足したり、気分が悪くなっ

たりしている事例は

①新型コロナ感染症の行政対応及び、野党や「専門家」自負するヒト

も含むマスメディアの報道

 ②米国大統領選を契機とした、米国政治動向。トランプ側対大手マ

スメディアの対立軸、といった形。

いらいらの原因の一つは、たとえば

正義は最終的には勝利するとか、世界は自分の納得いく方向になるべ

き、 また結果は公平であるべき等々の「べき論」を考えているから

でしょう、

私も「退屈」に耐え切れず、ああだこうだ、考えるし論評するのです

が、一歩下がって冷静になると、無意味なことに思えます。

  私の考えや論評が、私自身に何のメリットももたらさないでしょう

さすれば。

神経をすり減らすほど悩むのは「退屈しのぎ」「気晴らし」を超えて

精神を病む要素になるやもしれません。

「損得勘定」における絶対的「損」に思えます。

 

3.レビー=ストローズの引用

自分の自由意志とは無関係に、この世に誕生させてもらい、また勝手

に死んでいく身ですから、「自縛から、自分をどう解き放つのか?」

とか「俺は何のために生きているんだろう」と肩ひじ張らずに

生理的欲求と安全の欲求が担保されていることにまず感謝し、人生は

「退屈しのぎ」「気晴らし」と心得得て生きるのも、よいかと思いま

す。

以下に、レビー=ストローズでも引用しましょうが。

世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるだろう。

制度、風俗、慣習など、それらの目録を作り、それらを理

解すべく私が自分の人生を過ごして来たものは、一つの創

造の束の間の開花であり、それらのものは、この創造との

関係において人類がそこで自分の役割を演じることを可能

にするという意味を除いては、おそらく何の意味ももって

はいない。

この役割が人類に独立した一つの位置を示し、あるいは人

間の努力が普遍的な下降にむなしく逆らうことからはほど

遠く、人間は、それ自体が一つの機械、おそらく他の物よ

りはより完成された機械として立ち現われ、原初の秩序の

風解を促し、協力に組織されている物質を、絶えず増大し

ていつかは決定的なものなるであろう無活力へと、追い遣

っているのである。 

(レヴィ=ストローズ 悲しき熱帯 第9部 回帰 40チャウンを

 訪ねて   中公クラシックスP423)

 長くなりましたが、私の好きなフレーズの一つです。

今日はまた、訳の分からない話に終始しました。終わります。 

 

私も、あとから乗っかり、目の文化と口の文化比較

1.日本は目の文化

先日、ボケっとyoutubeを見て(聞いて)いたら、今回の新型コロナ

に関してマスクの話で、「目の文化と口の文化」の話をしていまし

た。

私はテレビを見ることは、ほとんどないですが、youtubeで、ニュー

スや個人のコメントは、割と見て(聞いて)います。

その趣旨は忘れましたが、検索サイトから、少し拝借して、私の言葉

で補います。

(1)日本は「目の文化」の事例として

・眼は口ほどに○○を言う

・日本で使われている顔文字は目だけで感情を表現しています

・一般論として、日本人はサングラス姿に怖さを感じます

とか、ありますね。

・ひとの感情を読み取るとき「目が笑っていない」とも言います。

・「眼力(がんりき・めじから)」という日本語もよく使います。

・昔国語で習った「起承転結」の事例として

  京都三条糸屋の娘

  姉は十六妹は十四

  諸国(諸)大名は弓矢で殺す

  糸屋の娘は眼で殺す

を思い出しました。

(2)口の文化(ここでは欧米を事例にとります)

・欧米で使われている顔文字は口だけで表現している。

・あるアメリカ人は顔での感情表現が豊かで、特に口がへの字にな

ったり大きく開けたりと、ちょっと大げさなくらいに大きく動かす。

・顔のパーツによって、本心を偽っているかどうかの読み取るので

すが、人の顔の中で、口の周辺は意識的に大きな動きが可能なため

感情を表しやすい半面、本心を隠すこともできます。

・今回の米国大統領選挙で、トランプ氏は、マスク無しでまさに

表情豊かに演説していました。

(トランプサポータ―のマスク無しで熱狂。

日本の「自粛文化」との差異は、つくずく感じます。)

・一般論として、欧米では口元を覆っている人を奇妙だと感じる

 (映画に出てく強盗の覆面が典型ですよね。

 

2.口の文化が少し変わる?
(1)個人的にビジネスの話に関心が行くのですが、「口紅」は
売れないだろうな、と思います。
今まで、全くと言っていいほど、口元を隠す文化がなかった(隠す
どころか口元を強調する文化)ところが、今回一変ですからね。
経営に「想定外」はつくものですが、今回のは暗詩は、極めて大き
いです。
(2)冒頭で上げた、youtubeで、論者がしゃべっていたのは、
日本のアニメが、米国でもヒットするのではないか?
この論者によれば、日本のアニメな欧州では受けたが、米国では
いまいちだった、「目の文化」が理解されていなかった。
今回、米国でも「目の文化」の理解が進んで、「鬼滅の刃」が受け
るのでは?との、論調だったような。

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昔の人は「口裂け女」を知っています。
 3.個人的に思うこと
(1)知り合いを間違えそうになった。
以前同じ会社にいて、グループ会社に転籍した女性がいたのですが、
その転籍した会社を会社を訪問した時、しばらくの間、別の女性を
私の知り合いと誤認して、話しかけていました。
言い訳すると、鼻も口元も大きなマスクで多い、目元だけしか見
えない、彼女の髪形をよく覚えていない、となると、間違えるのも
さも、ありなんと思います。
(2)マスクを取る恐怖
今どきは「都市伝説」というのでしょうか?
私が若い頃、PCも携帯も普及していない頃「口裂け女」という情報
がラジオ中心に流布したかと。
ネットを引くと・・・・ありました。

夜、外を歩いていると大きなマスクをした若い女性が

「ねぇ、私綺麗?」と聞いてくる。

そこで「綺麗」と答えると、マスクを外し「…これで

も?」と耳元まで裂けた口を見せるのが定番

(3)文化の変遷なんて、結果論であり後講釈しても仕方がないと

 思います。

しかし、後々振り返って「マスク着用」が変えた文化、というのも

出てきそうです。 

  4. 追加情報、初日の出

 このブログをアップするのは、1月2日の14時ごろです。

下記は元日の日の出。

地元千葉県新浦安の遊歩道から、写したもの。

かなりの人出だったようです。

というのは、朝寝坊の私が写したのでなく、朝の散歩が日課の家人

から、貰いました。

取れも寒かったようです。

私は例年通り、遠出はおろか、外出もせず、自宅にこもっています。

年末年始ほどんどテレビを見ないのも例年通りです。

ところが今年は、地元神社に参拝しないのも、今年は新型コロナが言

いわけになりそうです。

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再論、正月はなぜめでたいか?(新年の挨拶に代えて)

明けましておめでとうございます。

年明け早々「再論」も無かろうか、とも思いましたが、この年齢で自

分の1年を前後に熟慮すると、急激な変化も、無い可能性というのも

正論。

「昨年の今頃は何を考えていたっけ?」と1年間を振り帰り、想い

を新たに、というも、良いと思います。、

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 昨年のものを纏めてみます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今までどおり、私個人の能力の範囲で、日々考えていることや、

世の中の事象や、書籍について素朴な感想を。。。

ということで、タイトルは「正月はなぜめでたいか?」です。

1.私にはしっくり、商売人の発想

なぜ正月がめでたいか?
 ・安堵した、これは、めでたい。
について、少し論じていまして、
安心できているこの瞬間を少しの時でも長く」、と思うし、
「これで、正月三ヶ日くらいは、枕を高くして眠れる、なんと
か生き延びられる。これは、めでたい。」という心情。
生きていくこと自体が苦しい、苦しいことが普通だったのかも
しれません。 
しかし、よく考えると上記事例は、広義の商売人の世界に通じ
るもの。
長い日本の歴史の中で、大半の人々は、農業中心とした第一
次産業従事ですよね。
  2.やはり稲作文化と神道
出雲大社紫野協会というところから引くと

 お正月はなぜめでたいのか

① 豊作や幸せをもたらす神様が来る月だからなるほど、

これはしっくりきます。

 ②もうひとつ引用します。

芽が出る」ことをこめて、同時にそれを「賞でる」

気持が現れる、ことから「おめでとう」ですね。

これもしっくりきます。

 3.自ら能動的に動いて「めでたく」しないと
締めには、正月の抱負
晦日にアップの
無駄な悩みは、やはり無駄、想定外のことは起こる、
を受けて、
「私の人生の方から、私に投げられている”意味と使命”を見つける
べく、考え行動していく、べし」というところでしょうか。
 
〇今、思うこと
以上、昨年のものを読み返して、現状もそのままの心情です。
昔、大学での講義が研究者としての日進月歩の反映でなく、昔のノー
トの反復のみ、という話を思い出しました。
「全くの反復」は、いただけませんが、大方のオトナの仕事を振り返
ると、継続反復が、ほとんどでしょう。
それで、社会が成り立っているのでしょうし、多くの人が「想定外」
の動きをしたら、それこそ社会不安でしょう。
エドモンド・バーク保守主義をもじるつもりはありませんが、今まで特に、問題もなく過ごせたのだから、今年もその継続で。。。
つまり、昨年の主義主張をそのまま引用し、何か突発的な変化があこればその時にマイナーチェンジで対応しよう。
これで行こうかと思います。
 

人は変わらない、今年も例外でなく、年末年始同じことを思う

このブログを書き始めて、1年以上と、なります。
ちょうど昨年末の分を、読み返してみて、自分が考えていることに
大きな変化がありません。
もちろん、「周り」の大きな動きとしては、新型コロナ感染症にか
かる騒動や米国大統領選挙を軸に、中東和平とか世界政治イベント
はありました。
しかしながら、私自身が生死をさまよう大病や、家族の生死(増
減)、転居を伴う住環境の変化等はなく、いたって「平凡」ではあり
ました。
つまり、1年たっても、感じ入ることはほとんど変化がなく、昨年
考えたことの、一部加筆と削除で、今年のまとめと、できそうです。
 
1.人が考えていることは、変わらない
①以下は、ブラックユーモアのつもりです。
新聞記載の記事と聞いて、読んでみると
「なるほど最近の世相を反映している」と感じ入っている。
内容は、激動、未曾有、過去に無い、変革、等々勇ましい言葉
が飛び交っています。
よくかけているな、と感心します。
ところが実は「その記事は、10年前とか50年前とか、いや100年前
の記事を、時代背景がバレる部分をカットしたもの」、というオチ。
②敬愛する出口治明さんからの、また孫引きと、私の勝手解釈ですが
 人間(我々、ホモサピエンス)は、定住が始まった1万3千年くらい
前から、脳の大きさはじめ、身体的には変化していない。
知能の程度、感情扱い方も、人間は全く進化していないのだ。
結果として、いわいる「アホなこと」を、長い歴史の中で、延々
と繰り返しているのが、人間、となります。
③似たような例を、もう一つ。 
いまどきの若者は勉強しない。」という名(迷?)文句
年長者の長きの言葉でしょうが、3000年前も、100年前も10年前
も、世界中で、吐かれた言葉でしょう。
理論的に考えて、だんだん若い世代になるほど人間が不勉強になり
ダメになってきているなら、すでにもう我々は地球上の君臨者の
立場から、降りているでしょう。
要は個々人の認識の差?
 ④時間を極端に短くします。
昭和天皇は、祖父母の時代や父母の幼少期は「現人神」でした。
私の個人としての印象は、とてもいい人そうなお爺さん。
私の子供の時代になるともう歴史上の人物です。
平成生まれ以降には当たり前ですよね。
 
2.年の変りに何を考える?
さて、本題。
年頭に考えたことを、ちゃんと実行しているか?
①年が改まるのを機に、いろいろ考えてみるのはいいとです。
なるべくスケールを大きく考えましょう。
人間が勝手に考えた、時間の区切りとは無関係に、地球は存在し
てきたし、今後もしばらくそうでしょう。
最後は膨張する太陽に飲み込まれる説が、有力のようですか、
無論私に確認するすべは、無い。 
②次はぐっとスケール小さくして、、、
私がどう考え、どう行動しようが、
日本経済、地域経済はおろか、一企業のかじ取りに大きな影響を、
与えることは皆無です。
警察組織の大幹部となった昔の知人が、ネット報道(元は新聞記
事?)で話していましたが、座右の銘の一つが「一隅を照らす。」
とても謙虚でいいですよね。
 ③さて、私は
11月6日アップのこのブログで
「人は自分の決断したことに責任を持つべき。
 ほかの選択をしなかったことを悔いても仕方ないし
 決断に至る過程や前提に、想定外のことよく起こる」
と書いています。
 年末の今も、いろいろよしなしごとを考えているし、
年頭にあたっても、今年こそはと、いろいろ考えるでしょう。
一部の方は、長年の自分の思いを、記録として残しており、読み返
したりして、いらっしゃるでしょう。
正直、すごいな、立派だな、と思います。
いい加減な性格、物事の管理も悪い私は、
過去毎年毎年、何を考えていたかを、記録に残していません。
さしずめ、今年も、直近読んだ本位影響され、いっぱしのことを
考えますが、半年もすれば、上述したように想定外のことが起こ
ったり、忘れてしまったりで、年頭の決意が、実質意味をなさ
なく、なるでしょう。
 
3.まとめ
というわけで、今日も駄文を書いて今いましたが
最後は少し締めましょう。
世の中想定外のことが、起こって当たり前、コロナパンデミックの世
界的広がりは、まさに想定外だったでしょう。
年頭には、目標それなりのことを考えるが、恐らくうまく
いかない。しかし、
うまくいかなくて、当たり前と認識しろ。
楽観的な発想をもち、無駄な悩みはするな、確り考えろ、
そして、行動せよ、と言ったところですかね
 
話が飛びますが、高浜虚子を思い出しました。
「去年今年(こぞことし)、貫く棒の如き
もの」 
私の解説なんぞは、もちろん止めておきます。