中高年michiのサバイバル日記

世の中のこと、身の回りのこと、本のこと、還暦前の中高年がざっくばらんに書きつける日記

やめたいけどやめられない(アルコールとテレビ) 私に残された時間は?

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アルコールとテレビ

1.テレビと読書

  私が敬愛する読書家の中には、「テレビを全く見ない、もしくは、ほと

んど見ない」という方が複数いらっしゃいます。

(実際に会って確認したわけではないですよ。)

おっしゃることは、良く解ります。

  ここでは,「情報」を直接人との接触で得られる情報(対面だけでなく、

電話、メール等含めて)を除きますと、

一つの見解はある特定の必要な情報を得るツールとして書籍が最適で

あり、時間優先から本を選択、という場合です。

副次的な必要情報は、インターネット検索やラジオからで足りる、という

場合です。

 何からどうやってどんな情報を取るかは、まさに主観的な話ですか、

即効性のニュースのみは、確かにテレビの影響力に、一日の長があるやも

しれませんし、直近の災害ニュースはやはりテレビ、動画の世界でしょう。

ビジュアルの方が、ずっと良く解ります。

 もちろん画像を見ることや、耳からの情報が仕事に必須な方は、大勢

いるでしょうし、その方には今回は触れません。

 あくまで、私自身のこととしては、冒頭の「敬愛する読書人」のよう

必要な情報は第一には書籍から得ており、現時点での情報インフラ

では、画像や動画、耳からの情報では得られない情報、書籍を読むことで

しか得られない情報がある、という理解です。

 つまり、その情報を得るには本を読むしかないわけです。

(現時点では、私は電子情報のなかで、つまりPCやスマホ上で書籍を

読むよりは、紙の方が読みやすいです。)

 

 2.アルコールと読書

さて、お題にした「やめたいけどやめられない」ですが、結論を言うと

飲んべいである私は、お付き合いでもなんでもなくて、ひとりの時に

「本来居住まいを正し、クリアな頭で集中して読まないと解らない類

の書籍を、ついつい、アルコールを体内に入れつつ、テレビで軽そうな

ものを付けて、横に見ながら、読むケースがある。」ということです。

リラックスしていて、エンターテイメントとしての読書ならそれもいいで

しょう。

能動的でなくて、情報が取れるか、ということですが、

情報収集というより娯楽ととると、テレビやインターネットからの

ニュースや各種コメント、ドラマや映画等々、また、ある面音楽も

そうでしょうが、能動的的でなく受動的であっても情報が流れますし、

それていでしょう。

その点、本を読むという行為、文字を追うという行為は、能動的でしか

ありえないと思います。

 何事も楽しむためには、能動的であるべきですが、アルコールが入り、

テレビをつけているとなると・・・・その読書は、理解力も大きく後退

しますし、「能動的」とは、だんだん言えなくなり、

最後、アルコールが進むと、「読んでいる本に書いてある内容を理解

する」という当初目的は果たせず、結局時間をロスしたことになります。

 

3.残された時間

さて、「時間のロス」の流れで、自分の残された時間の視点から見て

みましょう。 

今日、以前一緒に仕事をした方と会いました。

聞けば、現在45歳だそうです。

私よりずいぶん若いですが、私は彼に皮肉交じりに以下のように言いました。

 サラリーマンとしては、例えば定年まで15年だが、その15年後完全引退

「余生」を送れるほど経済的余裕はないだろう。

60歳を折り返しとして健康寿命といわれる75歳までは、今から30年。

今後30年間は主体的能動的に社会と接して、できれは、ある程度の収入

得るための努力をしていかねば生き延びていけないのでは? 

いつものことですが、「75歳まで、社会と接して何らかの仕事を」と

いうのは、自分自身に向かって言っていることです。

 

私が言いたいのは

今日の一日が、人生最後の日だと思って生きるべき。常に死を感じ

て生きよう。

「やめられない」ことをちゃんとやめて、真摯に自分の人生に向き

合う時間を少しでも長くしよう。

(この言葉も受け売りです。「ちゃんとやめて」、といいましたが、

「皆無にしろ」は当面無理で、程度問題です)

上記、受売りというのは、スタンフォード大学卒業式でのスティー

・ジョブスの伝説の演説からの一部拝借したもの。

締めの言葉が、stay hungry,  stay foolish のあれです。)