中高年michiのサバイバル日記

世の中のこと、身の回りのこと、本のこと、還暦前の中高年がざっくばらんに書きつける日記

「資本主義と闘った男」(読書感想文もどき)ソクラテスみたいな宇沢弘文氏のこと

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資本主義と闘った男
宇沢弘文と経済学の世界 

著者 佐々木実/著  ササキ,ミノル

出版者 講談社 2019.3

  2014年9月に86歳で亡くなった理論経済学者、宇沢弘文の生い立ち

から死までをつづっています。

 全体像として、いつものように、目次を書くと

 はじめに 「人間」が試されている時代に

第1章    リベラリズム・ミリタント
第2章    朝に道を聞かば夕に死すとも可なり
第3章    ケネス・アローからの招待状
第4章    輝ける日々
第5章    赤狩りの季節
第6章   カリフォルニアの異邦人
 第7章       別れ
第8章        シカゴ大学「自由」をめぐる闘争
第9章        もう一つのシカゴスクール
第10章        二度目の戦争
第11章     「陰(Shadow)」の経済学へ
第12章  ”ドレス”と”自動車”
第13章  反革命(The Counter-Revolution)
第14章  空白の10年
第15章  ローマから三里塚まで
第16章  未完の思想 Liberalism
おわりに 青い鳥を探して
  
600ページを超える大著であり、新書版にすると3,4冊分に当たるで
しょうか。
実は、9月過ぎからこのブログに準備を始めて読んだ中で私が、一番
時間を費やした本でした。
筆者佐々木実氏が日経新聞に入社後東京本社経済部を経て、フリー
ランスのジャーナリストとして活躍されているキャリアからでしょ
うか、宇沢経済理論をはじめとした、数々の経済理論を、数式中心
でなく、文の積み重ねのみで表現されている分,とっつきやすい
という点はありました。
もちろん、理解の点では、決してやさしくありませんし、私の曲解
も多々あるかと、心もとない限りです。
 
宇沢弘文は、1950年代後半から60年代にかけて理論経済学者として
アメリカ経済学会の中枢メンバーの一人であり、最適成長論や二部
門成長論の業績がありました。
ところが、いわば絶頂期にアメリアを去り、シカゴから東京に居
を移します。
ベトナム戦争はじめ、日本に高度計維持成長や、諸般の外的要因も
あり、宇沢の中に経済学に対する考え方が変わってきたようです。
経済学者としての後半は、既存の経済学を批判しながら、次のよう
な展開です。
後輩の篠原一によると
「現実の社会を見据えながら、経済分析の新たな方法を開拓してい
けるというのが経済学者」(P573)であり、宇沢は、数少ないその
ひとり。
彼の基本的な考えである「社会的共通資本の経済分析」では
自身が開発してきた経済分析のテクニックを総動員して動学的な
析モデルを構築し、社会を安定化させるための社会的共通資本
の在り方を詳細に分析しており、
その分析対象は、漁業、林業、農業におけるコモンズ(共有漁場、
共有林、共有のうちを「自然資本」とみなして分析)、及び構想道
路などの社会的インフラストラクチャー、エネルギー、地球温暖化、教育、医療などです。(P577)
 
 宇沢弘文によれば、「市場で取引されるのは、人間の営みのほんの
一部であり、経済学の原点は、人間の心を大事にすること一人、
ひとりの生きざまをどう考えていくか」であり、そのために必要な
のが、「社会的共通資本」という概念(P604)です
彼の思想は
新古典派経済学の知識体系だけでは収まり切れず、この流儀で表現
された社会的共通資本の経済学として確立していくことになります。
 
ケネス・アロー(1972年51歳の最年少でノーベル経済学賞受賞)
によると 
宇沢経済学の二つのピークがあり
1、経済成長理論へに貢献
2、環境問題への取り組み(経済学への大きな貢献) (P628)
 となります。
 
も一つ識者の言葉を書きます。
1975年から2008年のおよそ30年は、シカゴ大学宇沢弘文の指導
を受けていたこともあるジョセフ・E・スティグリッツ(2001年ノー
ベル経済学賞受賞)によると
 
(1976年のミルトン・フリードマンのノーベル経済学受賞に象徴さ
れるように、)
経済学者の多くが、宇沢が関心を寄せてきた不平等、不均衡、市場
の外部性の問題に注目せず
経済学の主流が市場万能論に染まっていた、「酷い時代」と述べています。
後のリーマンショックに対してもそれまでは、「経済的な危機など
決して起こるはずがない、と信じ込んでいる楽観的な経済学者も多
かったようです。
  
宇沢は、20110311の東日本大震災から10日後に脳梗塞で倒れ、
3年半の闘病生活の後 2014年9月18日に86歳でなくなります。
 
非常に、つたない文章ですが、
私に取っては、ハードな読書感想文となりました。