中高年michiのサバイバル日記

世の中のこと、身の回りのこと、本のこと、還暦前の中高年がざっくばらんに書きつける日記

子供の成長(今週のお題)付け足しで私の成長も

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子供の成長イメージ

今週のお題「子供の成長」

今週のお題について書こうとしていますが、あまりの広い課題で

どう絞り込みをつけようか、といったところです。

いわいる「子育て真っ最中」の方は、現在進行形のよしなしごと

を真摯に書き連ねていけば、それぞれ個性がでで、面白いと思い

ます。

一方、私の年齢では、「子供の成長」は、過去の記憶を思い出し

つつ、となります。

 

1.生物の誕生から進化の凝縮?

 人間の誕生から乳児期脱出くらいを、私はよく生物進化の凝縮

と思うことがあります。

 生物の進化を見るような3キロ程度、それが1年もすれば、体重は

2倍くらいになります。

確かに他の哺乳理よりは、遅いですが‥‥

赤ちゃんが、寝返りが打てず自分で移動できない時期から

寝返りを繰り返して、移動を覚えようになると、

はた目からはゴロゴロしているだけだが、本人には、世界を動かしている実感があるのでは?

やがて、はい回ることができるようになると、

また世界が急速に変化する楽しみを覚えます。

そしてさらには、2本足で立ち上がる、、、、。すごいことです。

ただし、二つ以上のことを同時に、こなすのは時間がかかる。

先日での公園での光景。

よちよち歩き子供が、500ミリのペットボトルをもって歩こうとして

転んで泣いたしまった。

彼女には(確か女の子だったような)、まず自分二本足でバランスを

取とって歩くことが当面の課題であり、500グラムの重さのモノを

両手で持って歩くには、まだ早すぎたようです。

当然、しばらくするとできるようになるでしょう。

要は、誕生から1から2年の子供には、どうも私は壮大な生物の進化

の過程を連想するのです。

 

2.想定外の子供の反応

私は「子供に遊んでもらう」という表現をよく使います

客観的にみると、土日中心に私が幼い二人の子供を遊ばせて

いるのですが、

子供の思わぬ反応が、面白くて、私のほうが遊んでもらった、

と感じるわけです。

思い出した話を二つ披露。

 

 長男が、幼児英語教室に通っていた時の話

ある外食のとき「取り皿をください」と妻が言ったのですが 

取り皿の「取り」に対して「鳥」をイメージしたようで、

「おとうさん、英語で「とりざら」はバードの後は、なんと言うの」

語順を良く取り違えたのは、長男の方でした。

チョコレートは「ちょーれいこーと」、高島屋は「たかしやま」 。

 

 次男の場合、少し知恵がついてくると、親が言うことを素直に認

めるだけでなく、あきらかにい自分に不利と感じた時には

「うそでしょ」と否定することを、覚えました。

ただし、言語の発達は、イマイチで、本人は、「うそでしょ」と

発問しているつもりですが、外部には「うちょでちょ」と聞こえ

るわけです。

次男は「20191102掲載の「沖縄は、いまなんがつ?」に登場しています。彼の名言集として

沖縄は今なんがつ?。どうなると思う?を紹介しています。

 「沖縄はいま、なんがつ?と息子発言」の思い出、首里城復元を! - 中高年michiのサバイバル日記

 

 人はいつ何時も、外部からの情報によって動くわけですが、

お金を稼ぐための仕事からの情報、趣味として読書からも得られ

なかったこおとが、「こどもにあそんでもらうことで得た」貴重な

情報でした。

 

3.ある著名日本画家の昔話。

 無き祖父は日本画鑑賞が趣味で、現役の複数の「絵描きさん」

とも、交際があったようです。

その祖父から聞いたある日本画家の話。

「発想に煮詰まったとき、子供の書いた絵画を見に行くことがある。そこに大人の発想では出てこない、画風を感じてヒントになる」

 成長するとは、情報がそのまま積み重なっていくのでなく、残念

ながら成長の過程で、失っていく情報も多々あるのでしょうね。

 

 4.私も死ぬまで成長したい

もう一つ、還暦も近づいてきた自分自身の成長ということで

書いてみます。

勿論、生物個体としてのサイズの成長はあり得ず、死へ向かって、

まっしぐら状態です。

 ただ、ある事象に対する認識と対応が、過去と変化している

ことを「成長」ととらえると、確かに成長しています。

「鈍感になって、訳が分からなくなった」いうとらえ方ではなくて、「今後後退」するかもしれないが、変化を「成長」ととらえたいと

いうことです。

 いわいるボケ、アルツハイマーとなってしまっては、責任が

持てませんが

死にゆくまで、人は成長を続けると、思い込んだ方がいい、

と思っていいます。

80歳過ぎて、現役で著作活動行う方も私の「読書感想文もどき」

で紹介していますが、明晰な頭脳もさることながら、

生きることに前向きの姿勢に、頭が下がります。

私が目指す、「死ぬまで成長」につながります。

客観的に考えても、関係者に迷惑をかけないで、前向きているほうが、周りへの影響からもいいでしょう