中高年michiのサバイバル日記

世の中のこと、身の回りのこと、本のこと、還暦前の中高年がざっくばらんに書きつける日記

朝ごはん(お題スロットルから)、思い出と現在進行形

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豪華な朝ごはんイメージ

 はてなブログの「今週のお題」には、極力参加しようと思うの

ですが、どうしても、無理なものがあります。

「お題スロットル」を回してみたら「朝ごはん」がありました。

私もそこそこ長く生きてきたし、「朝ごはん」を抜いた習慣の方

が少ないので、これまで相当数の「朝ごはん」を経験しています。

思い出しつつ、さみだれ式に、またいくつか事例を書いてみます。

 1.今の朝ごはん

 今まで就労の体制は、いろいろ経験してきましたが、月曜から金

曜の5日間を「平日」として、メリハリをつけています。

その平日の朝ごはんは、ほとんど、妻が作ってくれます。

5日間のうち、米と味噌汁中心が3日今日、パン食が2日弱といった

ところでしょうが。 

いずれの場合も、たんぱく質、炭水化物、野菜がバランスよく用

意されていて、ありがたいです。

比較データがあるわけでは、ないのですが、私も妻も、二人の

子供も強い偏食はまったくありません。

子供が小さいとき、アレルギーの心配もほとんどしなかったと

思います。

周りを見ていて、子供のアレルギーが強いと、当然メニューの制限

があり、家族の食生活も影響受け、大変だったのだろうなと、今思

い起こして改めて思います。

(なお、彼女の名誉もためにいうと、土日も朝食は、彼女の準備の

場合が多いです。)

 

2.子供の頃の朝ごはん

生まれてから、中学卒業まで、親と住んでいました。

父は自営業者であり、平日の一定の時間に家を出ていく、という

訳ではありませんが母は、平日も土日も、一定時間に朝ごはんを

用意してくれました。

私も姉妹も、同居で自宅から、近くの小・中学校に通っていました。

祖父母の同居ということも、あった為でしょう。

パン食というのは、ほとんど記憶にありません。

なお、私が子供の頃も、偏食として、母親に怒られた記憶は

ありません。

何でも、おいしく食べることができました。

ありがたい限りです。

 すこし、脱線します。

 私の実父は、カボチャが嫌いです。

 彼の育つときは、第二次世界大戦のさなかの食糧難の時期であり、

 米粒は少なめ、来る日も来る日も、カボチャを食べたそうです。

 「若いころ、もう一生分カボチャは食べた」というのが彼の

 口癖でした。

  

3.学生の頃の朝ごはん

アルコールの好みの程度はもちろん、個人差があるでしょうが、

全体の消費としては、30年前のほうが、多かったのでは?

別のところでも書いていますが、私はアルコールは好きな方、学生

時代もよく飲みました。

朝ごはんは、子供のころ、のちの社会人のころと比較して遅い時間

でしょうが、大量飲酒の翌朝は特にそう。

食事は、朝昼兼用いうやつです。

和食系の朝ごはんが多く、納豆、生卵、味海苔が定番でしょうか。

あまり、自炊はしていなくて、大学の学食をよく利用しました。

 

4.出張先ホテルでの朝ごはん

 そんなに、数が多いとは言えませんが内外の出張経験は、あります。

ほとんどのホテルの朝食は、いわいるバイキング形式で

洋食と、中華はあります。

和食もあるところも、増えてています。

私はグルメでもなく、特に苦手なものもなく、何でも食べます。

しいて言えば激辛が苦手。

東南アジア諸国では、ふつうの辛さでも、平均的日本人には刺激が

強い感じ。

そこのところは、気を付けましたが、

基本、出張先では努めて、現地の食を味わいました。

根が昭和の貧乏人気質なのでしょうが、ついついバイキングのため、

種類を取りすぎてしまいます。

しかも取った以上、残してはダメ、と感じるわけです。

 

5.家族旅行での旅館の朝ごはん

昔より年を取ったというか、家族連れゆえの緊張なのか、

以前みたいに、前夜の痛飲が響いて、朝ご飯はパス、ということは、

ありません。

子供が小さかったころ、何度か家族旅行をしましたが、朝ご飯は

旅館の食堂での和食が多かったようです。

冒頭にイラストに乗せたような、魚の干物、生卵、納豆、味海苔

、野菜小鉢、みそ汁、白米が、定番であったように思います。

高血圧のため、塩分取り過ぎ注意ということで、漬物系はパスします。

 

上記の文章に、何の脈絡も、理論的なつながりも、ありません。

この年まで、飢餓状態で生死をさまよったとか、重い食あたりで危な

かったとかの経験もなく、ありがたい朝ごはんの日々でした。