中高年michiのサバイバル日記

世の中のこと、身の回りのこと、本のこと、還暦前の中高年がざっくばらんに書きつける日記

「うるう年」(今週のお題)私にはオリンピックイヤー

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うるう年に夏季五輪、金メダルのイメージ

今週のお題は、「うるう年」です。

 私には「うるう年」といえば、オリンピックイヤーでしょうか。

個人的には「うるう年」にエポックメイキング的な事は、過去あまり

ありません。

夏季五輪中心に少し、思い出話を書きます。

1968年 メキシコシティーオリンピック

あいまいな記憶ではありますが、子供なりに、とても興味が高かった

のでしょう。

もう、文字もある程度、読めていたと思います。

親か誰かが買ったのか、単に家にあっただけかは、忘れましたが

大会終了後の、五輪総集編のグラビア雑誌の文字を、何度も読んで

いたようです。

外では、周りの同級生たちと「重量挙げ」の真似事をしていたよう

です。

ハイライトは、走り幅跳びでしょう。

若い人は???であり、wikipeitaから引くと

空気の薄い高地で行われた事から、トラック競技や跳躍競

技で多数の世界記録が誕生した。このうち、男子短距離走

の記録は長らく破られることの無かった快記録が並び、男

子幅跳びでボブ・ビーモンが記録した8m90cmは、現在で

もオリンピック記録として残っている。

1972年 ミュンヘンオリンピック

男子バレーが盛り上がった頃でした。

日本男子バレーボールは大会前から日本国内の話題をさら

い、テレビ番組「ミュンヘンへの道」なども放送されてい

た。

準決勝の対ブルガリア戦でセットカウント0-2からの奇跡の

逆転劇を演じ、金メダルを獲得。

 「ミュンヘンへの道」は、当時たくさんの子供がテレビで見ていた

と思います。

また、インターネットもない時代、子供にとって情報の多様化は

まだまだ。「共通の話題」が作りやすかった時代でした。

「準決勝の対ブルガリア戦でセットカウント0-2からの奇跡の

逆転劇」は、それこシナリオがあるドラマのようで、深夜時差に

めげず、テレビを見ていました。

割と一般的だったでしょう。

もう一つ大きなのは「事件」です。

ミュンヘンオリンピック事件

詳細は「ミュンヘンオリンピック事件」を参照

会期中の9月5日、パレスチナのゲリラが選手村のイスラエ

ル選手宿舎を襲撃した。イスラエル選手団のレスリングコ

ーチとウエイトリフティングの選手を殺害した後、9人を人

質にした。救出は失敗し、銃撃戦の末、人質9人全員とゲリ

ラ5人、警官1人が死亡する大惨事となった。 

 事件にコメントしようにも、当時の私は考え方の基礎となる知識、

情報を得ていませんでした。

戦車が走り回り、おどろおどろしい光景をテレビで見た記憶はあり

ます。

この年も、カラー写真付き五輪総集編雑誌を熟読していたころです。

今でいうと「オリンピックオタク」でしょうか。

1984年 ロサンゼルスオリンピック

前回1980 年のモスクワに続き、東西対立の参加ボイコット合戦が

続きます。

まさに、「政治の影響を受けるオリンピック」です。

印象が強いのは、開会式です。

ビル・スーターの操縦する個人用ジェット推進飛行装置・

ロケットベルトを使った飛行(俗にロケットマンと呼ばれ

た) 

とありますが、人間がSF映画張りに、飛ぶ姿は、とても印象に残っ

ています。

1996年 アトランタオリンピック

男子陸上200Mのマイケル・ジョンソンの圧倒的強さが、印象にあり

ますが、それよりも、もう私も社会人経験が長くなり、コカ・コーラ

の絶大な力を実感したものでした

 (アトランタと言えば最大スポンサーであるコカ・コーラの本拠地

 です。)

さて、今年2020年

新型コロナウイルスの影響が、日本や中国だけでなく、グローバル

経済に影響を与えた年として、後世に伝わるでしょう。

別ブログにも、書きましたが、地元のディスニーランド・シーも

休園を余儀なくされました。

 今度のオリンピックも暑い夏の開催となりそうですが、

現時点では、まず安全に「開催」されることを、祈るだけです。