中高年michiのサバイバル日記

世の中のこと、身の回りのこと、本のこと、還暦の中高年がざっくばらんに書きつける日記

高貴かつ不屈の精神が必要 いつも折れそうになる私 今日は「木を植えた人」から

f:id:xmichi0:20200221135554j:plain

植林が実って森になるイメージ

1.いつも、折れそうになる私

幾多の人や書籍に助けられて、何とか日々をやり過ごしています。

書籍で言うと、古今東西のモノがあり、分類も、哲学、歴史、

宗教、生物学に物理学、数学等々さまざまです。

今日はさるメディアで紹介受けた、「木を植えた人」の紹介です。

私が使ったのは

木を植えた人

 原タイトル:L'homme qui plantait des arbres

著者       ジャン・ジオノ/著  

原みち子/訳  

出版者    こぐま社 1989.10

話はシンプルです。

不毛の地に木を植え続ける男の物語です。

ある羊飼いは、水も枯れ果てた地で、命の水を求めて1日100粒

のどんぐりを植え、3年で10万個植えますが、しかし生き残れる

木は約1万本くらいです。

再生への熱情をひとり燃やして黙々と励んでいき、戦争も乗り

越え、再生への道が開けた街は、木だけでなく、水も、人も、

街も変えていくきます。

たったひとりのたゆまぬ努力がすばらしい実りをもたらします。

  2.「木を植えた人」から抜粋

冒頭の著者の言葉

「ある人が真になみはずれた人物であるかどうかは、幸運にも

長年にわたってその人の活動を見続けることができたときに、

初めてよくわかる。」   P3

 

男は口数が少なかった。孤独な生活の故であろう。 しかし、

いかにも己を知っておちついている、という感じがした。 P10

 

目指す場所に行くと、羊飼いは鉄の棒を地面に突き刺した。

こうして穴ができると、ドングリを一つ入れ、上をふさいだ。

樫(カシ)の木を植えているのだ。  P16

 

羊飼いは、もし神が命を預けててくだされば、30年の間に今の

1万本が大河の一滴等しくなるほどのたくさんの木を植えている

だろうと、静かに答えた。  P19

 

次の年に第一次世界大戦がはじまり、私は五年間兵役に服した。

一歩兵の身で、木のことなどほとんど考えることもできなかった 

 P21

 

羊は植林を台無しにするので処分してしまった、戦争など気に

ならなかったから、とその人はいい、私紙もそうだろうなと

思った。

そう、この人はひたすらに木を植えていたのだ。  P23

 

ウサギやイノシシを追って無人の高原に登ってくる猟師たちも

若木が増えていることには気づいていたが、自然の気紛れがこの

地にも起きたくらいにしか思わなかった。 

それゆえこの人の仕事はだれにも邪魔されることがなかった。 

 P27

 

容易に想像がつくであろうが、成功をもたらすためには、それを

妨げようとするものに打ち勝たねばならない。

情熱が勝利を得るためには、失望と戦わねばならない。 P28

 

なにも知らぬ森林保護管は木を植えた当人に向かって、ひとり

でに森が出現したのを見たのは初めてだといった。   P29

 (1935年の話)

私たちが通ってきた側は、6、7メートルに育った木が一面に

茂っていた。

私は1913年にこの地方がどんな様子であったかを思い出した。

見渡す限り、ただ荒れ地・・・・・。   P32

 

希望をもたないときには決してしないような仕事に人々がい

そしんでいるようすが見られた。

それなら、ここには希望がもどっているのだ。  P37

 

たった一人の人が、自分の肉体と精神力だけで荒地からカナン

を起こす事が出来たことを思うと、さまざまな事があるにせよ、

人間に与えられている力は、大したものだ。   P41

 

しかし、その力は、常に魂を高貴に保ちり、ひたすら無私に

与え続ける寛(ひろ)い心をもちつづけて、初めて完全に発揮

されるものであることを考えると、神にも似つかわしいこの見事

な仕事成し遂げた素朴な老農夫に、心から尊敬を覚えずには

いられない。    P41-42

  3.さいごに

 私がコメント挟むのは止します。

訳者の原みち子さんの「あとがき」から抜粋で締めます。

人と共有することのできない深奥に語りかけるその存在を通じ

てのみ、私たちは一人で静かに立ちつつ、他の人と真につながり、

ジオノが「人間に与えられている力は大したものだ」というその

を発揮することができるのです。