中高年michiのサバイバル日記

世の中のこと、身の回りのこと、本のこと、還暦前の中高年がざっくばらんに書きつける日記

史記列伝の「大史公(司馬遷)曰く」の引用とコメント 「その5」最終です 感想はやはり「熱き想い」

f:id:xmichi0:20200323161153j:plain

同じイラストを使います。「古典からのインスピレーション」

司馬遷の「史記」から、「大史公曰く」を続けます。

前回の紹介は2020年5月6日です。

史記列伝の「大史公(司馬遷)曰く」の引用とコメント その4 「古さ」を感じないのは、人間が変わらないから? - 中高年michiのサバイバル日記

今回は最終「その5」ですが、「その1から4」と同じ構成にし

ます。

 1.司馬遷の「史記列伝」とは

史記」とは、著者の司馬遷、成立過程含め著名ではありますが

一度整理します。  

史記』(しき)は、中国前漢武帝の時代に司馬遷によ

って編纂された中国の歴史書である。

正史の第一に数えられる。二十四史のひとつ。

計52万6千5百字。

 『史記』のような歴史書を作成する構想は、司馬遷の父の

司馬談が既に持っていた。

だが、司馬談は自らの歴史書を完成させる前に憤死した。

司馬遷は父の遺言を受けて『史記』の作成を継続する。

紀元前99年に司馬遷は、匈奴に投降した友人の李陵を弁護

したゆえに武帝の怒りを買い、獄につながれ、翌紀元前98

年に宮刑に処せられる。

この際、獄中にて、古代の偉人の生きかたを省みて、自分

もしっかりとした歴史書を作り上げようと決意した。

紀元前97年に出獄後は、執筆に専念する。

結果紀元前91年頃に『史記』が成立した。

 『史記』は司馬遷の娘に託され、武帝の逆鱗に触れるよう

な記述がある為に隠されることになり、宣帝の代になり司

馬遷の外孫の楊惲が広めたという。

 史記 - Wikipedia

   その中でも、極めて面白いのは「列伝」です。

 これも繰り返しの愛読書ですが

筆者司馬遷の論評である「大史公曰く」は、非常に考えさせられる

部分がたくさんあります。

今回も私の主観で、ランダムに取り上げます。

これに対して、私のコメントを述べるスタイルとしてみます。

  2. 引用 (その5)

そこでこれらの十人のうち、清廉なものは模範となりうる

し、不正の者は教訓となしうる。

かれらは術策を用いて民を導き、悪を禁じ邪とどめたので

あって、かれらも、ひととおりは、その天性に文と武の徳

をかねそなえていた。

残忍苛酷ではあったが、それでもそれぞれの官位に当てはまっていた。

 酷吏列伝 第六十二 五冊 P70

  michiコメント

  どんなタイプの人物からも、学ぶところあり、読み手の力量次第、

ということですね。

 

世の中の凡俗さに流されず、権勢や利益を求めて争うこと

もなく、上の者のに対しても下の者に対してもかたくなに

こだわることなく、自分は誰からも害を受けない。 

それは道の働きに似かよっている。

故に滑稽列伝第六十六をつくるーーー太史公自序

 滑稽列伝 第六十六 五冊 P128

  michiコメント

  いろんなタイプの人物を、幅広く書き込んでいるのが史記列伝の

 魅力の一つ。また老荘思想への評価も私のお気に入り。

 

このようにみてくると、富をつくるの一定の職業はなく

また財貨は持主がいつまでも決まっているわけではない。

能ある者のところへは(財貨が)どんどん集まるし、おろ

か者のところからは、ばらばらに逃げていく。

千金の富豪家は、城一つ大名に肩を並べ、巨万の金があれ

ば、これこそ王者と楽しみを同じくする。

前に言った「素封」というわけである。

そうではあるまいか。

貨殖列伝 第六十九 五冊 P174 

   michiコメント

 富を作るのは、本人次第ですね。

それに至る道は、決まっていない。

運含め、環境の影響も確かに大きいとは思いますが

能力があるとお金が溜り、愚かだと、お金が逃げていく。

これも、昔から全く変わっていません。

 

屈原は追放せれて『離騒』をあらわし、左丘はめくらと

なって、ここに『国語』ができた。

孫子は脚を切られてから、兵法を述べたし、呂不韋は蜀に

追いやられて『呂覧』が伝えられ、

韓非は秦で囚われ、説難・孤憤の二篇(は世に知られた)。

詩経』三百篇は、おおかたは聖人賢者の憤懣を発して作

られたところのものであった。

これらの人々は心に何かの欝結があってそれのはけみちが

得られなかったのである。」

故に私は過去のことを述べつつ、未来のことを予想する。 

太史公自序 第七十 五冊 P193 

   michiコメント

皆、何らかの強いわだかまりがあり、それが作品として結実し、

(本人には解らないが)後の人が、その作品を基に、いろいろ考える

まさに、司馬遷の気持ちが集約されていますね。

  3.最後に

先だっての「韓非子」シリーズに続き、「史記列伝」を

岩波文庫に沿って、5回に分けて引用、コメントしてきました。

 過去に先人が分析しつくしていることではあるでしょうが、

私は改めてゆっくり読み進めていて、司馬遷の強い執念を感じます。

史記」は無論歴史書ですが 司馬遷の思いがないと、書けなかった

書物です。