中高年michiのサバイバル日記

世の中のこと、身の回りのこと、本のこと、還暦の中高年がざっくばらんに書きつける日記

エセー(モンテーニュ)から引用 そのⅠ 人間性の大きな多様性と移り変わりやすさ こそがその最大の特徴

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古典がたくさん詰まったモンテーニュの書庫イメージ

1.モンテーニュの「エセー」とは

韓非子 司馬遷史記列伝)、マキアベッツリ、ロシュフーコー等々

このブログで、私が長年読んでいる古典を引用・紹介していますが、

今回はエセーです。

使ったネタ本は

エセー Ⅰ 人間とはなにか

モンテーニュ/[著]

荒木昭太郎/訳  

出版者    中央公論新社 2002.9

です。(引用のページは、この本のぺ―ジです。)

「完全な中立性」というのはあり得ませんが、今回もwikipediaから

エセーの内容を引用してみると

モンテーニュの目的は人間、特に彼自身を、完全に率直に

記述することであると『随想録』の中で述べている。

モンテーニュ人間性の大きな多様性と移り変わりやすさ

こそがその最大の特徴であると認識していた。

「私自身というものよりも大きな怪物や驚異は見たことが

ない。」というのが典型的な引用句である。

モンテーニュは自身の貧弱な記憶力や、本当に感情的には

ならずに問題を解決し争いを仲裁する能力や、後世にまで

残る名声を欲しがる人間への嫌悪感や、死に備え世俗から

離れようとする試みのことなどを書いている。

  (中略)

モンテーニュのエセーに明白に現れている思考の現代性

は、今日でも人気を保っており、啓蒙時代までのフランス

哲学で最も傑出した作品となっている。

フランスの教育と文化に及ぼす影響は依然として大きい。

フランスの元大統領フランソワ・ミッテランの公式な肖像

写真では『随想録』を手に持って開いている。

 エセー - Wikipedia

 2.ピックアップ

(今回も私の主観、かつて付箋挽いたり、ページを折り曲げたりした

ものからのピックアップ。いわいる有識者の定番的な抜粋とは、ずい

ぶん違っているかと思います。)

 

読者よ、わたし自身が私の書物の内容なのだ。 (読者に P4)

 

人間というものは、おどろくほど空虚な、多様な、変動する存在だ。

これについて、一貫した、一体となった判断を立てることはむずかし

い。  (人間のありよう  P10)

 

かつてどのような老境の人で、過ぎ去った時を称賛せず、自分のみじ

めさ、自分の不機嫌さを世間の人びととの生活の上にのせかけて、現

在の時を非難しないでいるような人がいただろうか。

(人間のありよう P81)

 

われわれは、楽な態度で生きていくためには、学問をあまり必要とし

ない。

ソクラテスも、学問はわれわれのなかにあるということ、それをそこ

に見つけ出す仕方、それにみずからを助ける仕方をわれわれに教えて

いる。   (様々な様相  P214)

 

哲学すること、それはどのように死ぬかを学ぶことだ。

(生きていく自己   P282)

 

快楽にあまりにも身をまかせすぎて、われわれのこの楽しさがどれほ

どおおくの種類の死によってねらわれていいるか、どれほどおおくの

とられ方によって死からおびやかされているかを思い起こさなくなっ

たりはしないように。  (生きていく自己   P294)

 

避けることのできないものは耐えしのぶよう学ばなくてはならない。

われわれの一生は、ちょうど世界の調和が種々の相反したものごと

で構成されているように、さまざまな、こころよい音や耳ざわりな

音、鋭い音や平板な音、やわらかい音や重々しい音で構成されてい

る。   (中略)

われわれもまた、いろいろなよいこと、わるいことを混ぜ合わせて

使うようにしなくてはならない。

それらは、どちらもわれわれの生の実質をつくるものなのだから。

(生きていく自己   P380)

3. 最後に

優れた古典については、「読むたびごとに、印象や解釈が変わる

こともある」、と聞いたことがあります。

我々は、生きている以上常に変化しているわけですから、古典に

限らず、接するたびに相手の印象は変わるのでしょう。

長く付き合いたいか、もう付き合い止めたいか、人でも書籍でも

同じかと思います。