中高年michiのサバイバル日記

世の中のこと、身の回りのこと、本のこと、還暦の中高年がざっくばらんに書きつける日記

今週のお題「怖い話」内容は変わるとはいえ、怖い話は一生続きます

1.「怖い」感覚は、生命をつなぐうえで必須

(1)今週のお題「怖い話」です。

「怖い」と「恐い」の違いが良くわからなかったので、引いてみると

基本的に、「怖い」は主観的恐怖、「恐い」は客観的恐怖との記述が

ありましたが、なるほど。

私も、こちらに従うことにします。

 (2)「怖さ」が解らない人とは、一緒に行動できない、と何かで読

んだことがあります。

詳細忘れましたが、いわいる探検家のことがだったかと。

これはよくわかります。

探検にしても、登山にしても、釣りにしても、アウトドアで、自然を

相手にする場合、「怖い」感覚の欠如は、すなわち生命の危険に、つ

ながりますよね。

どういう形であれ、身に杖kるべき知識と経験は必須であり、もう一

つ、感情の平衡感覚・バランス感覚も書くことができない、と思い

ます。

(3)正しく「怖れ」よう。

何か、新型コロナ対応のキャッチフレーズみたいですが、その通りか

と思います。

この点を、今日は別の観点から。

いくら正しい知識を身につけようとしても能力的制約、時間的制約は

否めません。

加えて、メディアはじめ「恐怖心をあおる」主体にこと欠きません。

ウイルスは、どこにでもいる。昔も今も、そして未来も・・・。

正しく恐れるが、所詮自分を守るのは、自分の「免疫」との割り切り

も必要でしょう。

「うつ」はじめ、別の疾患をひき起したら、結果「免疫」を落とすこ

とになりかねません。

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川で泳いでいて河童に足を引かれる「怖さ」

 2.昔怖かった体験

怖い体験は、ずっとあります。

内容は変わっていくにしろ、怖い体験は一生続くでしょう。

それが普通の人間かと思います。

便宜的に、今と昔に分けます。

(1)テレビアニメの話

私が子供のころには、もう民間のテレビ放送があり、今でいうアニメ

も少しありました。

アニメで「妖怪人間ベム」というのがあり、特に女性のベラ役の妖怪

の姿が、とても怖かったのを覚えています。

(2)川に流された話

 小学生の時、親戚と増水した後の河川に、貸しボートを漕ぎだしま

した。 

非力そうな中学生と、同乗の小学生では、増水して河川の力に負け

て「ボートが流される」ことは、予見できたかもしれません。

 結局、少し下流に小さな中洲の岩の一つに、うまくボートが

引っ掛かった状態となり、

「観光川下り」の仕事の、プロの船頭さんに救出にしてもらいま

した。

ボートの上でのその瞬間、瞬間が「怖い」というより、後から

思い出してみて、とても怖かった、という感覚です。

 

3.大人になっての怖い話

 (1)経営の「怖さ」

  私が40歳前後の時、とある企業の経営を任されていた先輩の話

会社を維持していくことの難しさ、収益責任、それは恐怖感の

対象以外のなにものでもなく、この恐怖心が、大きな感情で心

を占めると、有限な人間の能力では、他の恐怖案件が締め出さ

れてしまうと、話していました。

(2)生活を維持できるかどうか、という「怖さ

大人となった私の恐怖感の際たるのは、ながらくとりついて離れ

ないものであり、それは生活を維持していけるだろうか、という

恐怖感。

私一人の問題ではなく、家族の問題が、がありますからね。

 

4.怖い話への処方箋

上記の「怖さ」は大部分の大人が持つもの、かもしれません。

格好をつけると、その怖さと闘い続けていることが、私の場合

「生きている」事のようですが、私なりの処方箋を少し、書き

ます。

(1)晒す、紛らす、逃げる、

これ重要は、ですね。

そもそも、簡単に解決できるどころか、快活出来るかもわから

ないもの。

具体的対応策は、アルコール。

そうしていくうちに消えていくラッキーな恐怖感もあります。

2)一人で悩まず、周りに状況を話し、各人の意見をよく聞く

こと。

しかし皆意見は違うし、諸刃の剣の面はあります。

 結局、いただいた意見は、ありがたく頂戴し、最後は自分で決め

るしかないでしょう。

(3)もう一つは古今東西有識者から学ぶこと

この手法は読書となりますね。

先人も、同じように、怖さを感じていたり、悩んでいたんだ、

と気休めになるし、結局は自分で解決する問題だとの助言を

もらうことになります。