イスラームからヨーロッパをみる
社会の深層で何が起きているのか
内藤正典/著
出版者 岩波書店 2020.7
1.概要
新書版で250ページ程度と決して「分厚い」わけではないですが、
読みごたえがあります。
ヨーロッパとイスラームの共生は、なぜうまくいかないのか?
というのが、主題ですが、
主にヨーロッパ舞台に
過去20年間に起きたことを、著者40年のフィールドワークをもとに、
イスラームの視座から解説しています。
女性の被り物論争、シリア戦争と難民、トルコという存在、イスラー
ム世界の混迷と各章だで、詳細な分析です。直近の著作で、2020年
2月くらいまで記載があります。
2.本文からの引用
余地がない。 人間社会のある領域には、神の手が及ばないという「俗
と「聖」 を分ける考え方がないのである (前書き ⅲ)
の信仰を拠り所に生きていく庶民という一種の階級対立 が生まれたの
である。 P26
イスラームという宗教の一つの根本的特徴といえるのだがら、『 クル
変えることができないのである。 P34
イスラームが被り物というモノによって象徴されることはない。
したがって、 女性たちの被り物をあたかもイスラームの象徴であるか
のように主 張し、 宗教的なシンボルは公的空間から排除せよと主張
してしまうと、 ムスリムとの共生は破綻していく。 P52
相変わらず、スカーフやヒジヤーブを被っている女性たちも、 いま
だに冷たい視線と罵声を浴びている。 法律のうえでは被り物のあいだ
に線を引いたものの、 嫌悪の感情には線引きはなされなかった。
つまり、 被り物はヨーロッパ社会にとっての「争点」ではなく、 ムス
リムを排除しようとする排外主義の道具だてとして利用されて きたの
である。 P54
2019年までに、難民は約660万人を超え、
国内難民とを合わせると1320万人以上が住処を失い、 追われた。
この悲劇を招いたのは、 シリアのアサド政権が反政府勢力との戦い
ならば、 テロリストを掃討すべきなのだが、 シリア政府軍は反政府
勢力が実効支配した地域を丸ごと空と陸から 攻撃した。 P68
難民危機の原点は、シリアをはじめ中東地域の秩序崩壊にある。
(中略)
誰がシリアから膨大な数の難民を発生させたか?
最大の責任はバッシヤール・アサド大統領の政権にあることに
疑いの余地はない P87
2013年8月のアサド政権の化学兵器使用
最後はロシア仲介でアサド政権は化学兵器の全廃を約束し、 OPWC
の査察受け入れ、 欧米諸国はシリア内戦に介入しない姿勢。
結果として、シリアから北の隣国トルコ、西の隣国レバノン、 南の
隣国ヨルダンに難民が流出し始めたのである。 P90
を支持する人であるかを問わず、困っている人を助けないで出ていけ
と主張するのは、あまりに不道徳だという感覚は多数のトルコ人に
共有されている。 P124
オスマン帝国にとっては、みずからをアジアの帝国と規定する必要は
追い込んだのは、ヨーロッパ列強だった。解体の過程では「ヨーロッ
パの重病人」と呼ばれたが、誰も「アジアの重病人」とは呼ばれかっ
たのである。 P136
それまでの体制が軍の強い影響力のもとで世俗主義を押し付け、体制
で実現したのである。 (中略)
エルドアンの主たる敵は、ことあるごとに政治に回遊した軍部と体制
彼はこの二つの敵の力をそぐ目的から、「リベラル」であることを
内外にアピールしたのである。 P162
簡単に言ってしまえば、カリフがいないと、何がイスラーム的に正し
く、何が間違っているか、スンニー派の人々に向かって号令をかける
人間が存在しないことになる。 P197
の枠組みを押し付けるからだ」
この国の当j地が難しのは、西欧的な国民国家システムを強要された
ことだと見抜いていたのである。 P199
過激で邪悪なイスラームの説教師や用同課に洗脳されたに違いないと
いう欧米社会の説明は、極めて皮相なものであった。
ヨーロッパ各国が、安全と認めた穏健なイスラーム組織を利用して、
過激化を防ごうとしても役にたたなかったのは、若者たちの内面に対
する理解が欠けていたからなのである。 P211
イスラームとの共存に関する限り、ヨーロッパでは同化主義も多文化
主義も失敗に終わった。 P247
(同化主義の失敗とは)公的空間での信仰実践を制約するという
「同化」を強いたこと P248
権利を剥奪できるとしたら、相手を差別主義者にするか、あるいはヨ
ーロッパが共有する民主主義や人権や姿勢といった諸価値を無視する
人間手段だと決めつける以外に方法はない。 P254
再覚醒を経験したムスリムは、法体系まで拒絶することは少ないが、
ヨーロッパ社会の諸価値に接近することはできない。」そして自分
たちの優位と正統性を固く信じているヨーロッパ社会は、イスラーム
の諸価値とその法体系に歩み寄ることはないし、理解しようとしない
のである。 P256
3.今回感じたこと
このブログでも、イスラームや難民については、何度かコメントして
います。
今回は、「社会の真相で何が起きているか」について、歴史と現在の
状況の相補をよく踏まえ、地に足がついた分析であり、読みごたえ
ありです。
ヨーロッパ社会の価値観とイスラームの価値観は、歩み寄れないだろ
う、という結論は、基本的に同感です。
〇神は死んだとして人間の自由と民主主義を普遍的価値観
〇イスラームの価値観、
〇世界はかくあるべしとの全体主義の価値観、
どれも相容れないでしょう。
この3つの価値観が最終戦争を呼び起こすのを私は好みません。
妥協を繰り返しながら、「取り返しがつかない参事」を避けつつ、
できれば「自由と民主主義」的価値観が相対的に広まってほしい、
すくなくとも生き残ってほしい価値観だ、と私は考えています。