中高年michiのサバイバル日記

世の中のこと、身の回りのこと、本のこと、還暦の中高年がざっくばらんに書きつける日記

街道をゆく 台湾紀行(読書感想文もどき) 司馬遼太郎の筆がさえます。

  街道をゆく 40  台湾紀行

著者       司馬遼太郎/著  

出版者    朝日新聞社 2005.3

1.概要

40巻は、「ふるくは国主なき国」だったが、「奇跡」を経て「本島

人」の国になりつつある変革期の台湾を歩き、「国家とはなにか」を

司馬史観」にて、考えています。

私は台湾モノは、よく読んでいます。

本書は、1994年11月の初版ですから、もう四半世紀前の台湾ですよね。

その司馬さんは1996年に死去し、李登輝さんも昨年亡くなりました。

 米国、台湾、中国をめぐるの昨今の政治情勢も注視しています。

海外事情で、私の最大関心事の一つです。

私の今回の台湾モノは、「司馬遼太郎語録」みたいになってしまいま

した。

  

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2.本文から引用

日本時代は、太平洋戦争の敗戦で台湾を放棄するまで50年続いた。

私は日本人人だから、つい日本びいきになるが、余分な富力を持たな

い当時の日本がーー植民地を是認するわけでないにせよーー力のかぎ

りのことをやったのは、認めていい。国内と同様、帝国大学を設け、

教育機関を設け、水利工事を起こし鉄道と郵便の制度を設けた。

P17

 

現代中国の統一者である毛沢東も、漢の武帝と同様、一思想をもって

統一を維持しようとした。(中略)

もっとも、武帝の世とは違い、毛沢東のやり方は苛烈だった。かれの

教説に沿わない者は、殺されたり幽閉されたりした。この点では、清

朝よりもさらに”古代”だったというほかはない。  P57

 

(以下李登輝の発言)

「まして自分が権力そのものになるのではなくてここ(机の上)にお

いて、権力を客観化して、・・・・つまり実際主義でもって、権力か

ら役に立つものだけをを引き出せばいい、と思っているんです」とい

った。

多年、そのことを考えてきたらしく、一気の述べた言葉がすべて体温

を帯びていた。

しかも言い方が初々しく、若い研究者が、実験装置を前に、学問とし

てその主題を語っているかのようでもあった。すでに齢をとり、七十

位もなるこの人がである。 P82

 

(以下李登輝の発言)

「植民地に対しては、宗主国というのは、自国のいいところを見せた

がります。シンガポールに対する英国もそうでしたし、台湾における

日本もそうでした。」 P86

 

児玉源太郎後藤新平が、日本領時代の五十年間の台湾の行政の基礎

を作ったといっていい。 (中略)

ただ、この二人は、人間として面白かった。

二人を語ることによって、明治のにおいの一端をうかがことができる

かもしれない。  P131

  

漢民族世界は、孔子が音楽好きであったように、古代は音楽がさかん

だった。

歴代の王朝は、宮廷に伶人(楽官)を抱え、華麗なものだった。とく

に唐朝の国楽が日本に影響して雅楽になった。

ただ、漢民族世界は、王朝が亡ぶたびに、音楽も亡んだ。前王朝に

つかえた伶人が、殺されるのを避けて逃げてしまったからである。

 P203

 

人間は、一個の精神のなかに、子供と大人を同時に持っている。子供

の部分で恋を語り、芸術に接し、科学・技術や芸術を創造する。さら

には正義を語る。

だからこそ大人は、終生、自分の中の至純な子供をひからびさせるべ

きではないのだが、その方法は少年少女期の教育にある、と伊沢は思

ったに違いない。  P205

 

 滞仏中、刻苦勉励している古市に下宿の女主人が同情し、すこし休ん

だらどうか、というと、古市が「自分が一時間休めば、日本が一時間

遅れる」といったという。  P245 

(michiコメント)

 今どきの凡人が話そうものなら、厭味ったらしいですが、日本の創造

者の気概があった当時の留学生の、本心の吐露だったのでしょうね。

 

山地人は、若い人はともかく、諸族間では言語が通じない。だから

諸族間の交渉は、今なお日本語が用いられるという。この地球上で、

日本語が”国際公用語”(?)である唯一の例は、台湾山地人の間でし

かない。 P290

 

もう少し非学問的な空想をつづけると、”高砂族”と日本時代に呼ばれ

てきた台湾山地人の美質は、黒潮が洗っている鹿児島県(薩摩藩)や

高知県土佐藩)の明治までの美質に似ているのではないか。

この黒潮の気質というべきものは、男は男らしく、戦いに臨んでは剽

悍で、生死に淡泊であるということである。 P291

 

花蓮はいいまちである。ただ、ほとんどのまちの人達の家祖がここ百

年来の移住者だけに、移ってきたときの悲しみが、まだ乾かずにい

る。準造氏は、そういう悲しみを小石の中から見出そうとしているら

しく、拾っては袋に入れていた。 P380

 

3.読後感から

偉そうに言いますが、引用個所を含めて、かなり知っている話が多か

ったのですが、司馬遼太郎さんの手にかかると、こんな解釈や表現に

なるのかと、感じ入りました。

何事もそうですが、一見同じことを聞き、同じことを見ていても、受

け手の内部にある者で、相当変わってくるのかと、改めて思いまし

た。

なお、児玉源太郎と、後藤象二郎は、台湾でも台湾以外でも、私の好

みの人物です。

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