1.情報発信の一貫性?
情報発信者の主義主張に一貫性がないのはよくあるケースで、目的
如何になります。
誰もが情報を発信できて、それから利益を得られる今日となると、
一貫性がない事例は、それこそ有象無象に出てきますよね。
また、般世論をより多く味方につけようとすると、情報のネタ探し
と発表タイミングも大切となります。
抽象論量では意味不明であり、事例をとりましょう。
先日の報道に
「東京電力福島第一原子力発電所で増え続けるトリチウムなど放射
性物質を含む処理水の処分方法について、政府が国の基準を下回る
濃度まで薄めたうえで、海へ放出する方針を決めたことについて、
政府や政界の反応です。」
とありました。
(1)事実関係はおそらく多くの人が納得するはずで、処理水は、
海に放出する方法しかないでしょう。
それこそ、なぜ、今まで引っ張ってきたの?というのが私の感想。
いくら貯水タンクを作ったところで、やがていっぱいになるのは
自然の理であり、ここまで引っ張ったのは行政の不作為でしょう。
「決断が遅きに失した、膨大な時間と予算を無駄にした」と叱責さ
れても仕方ないと思います。
いろんな、国内国際基準に照らして、薄めて「合格」して海に流す
方法しか、現実にはないでしょう。
私の関心も同じで、地元漁業関係者が気にする「風評被害」への対
応です。
もちろん地元関係者も「安全」なのは、理解していますが、対一般
消費者の「感情」に関する部分は、いかんともしがたく、関係者が
全力を挙げ、時間をかけ対応していくしかないと思います。
(2)敵の弱点を突く、相手のイヤなことをするのは、広義の
「闘い」の常道であり、近隣諸国(どことは言いませんが・・)
の一部が日本を貶めるために海への放出を批判するのは、当然です。
国際基準を十分満たしている、貴国の放出実帯よりはるかに安全な
基準といったところで、そもそも目的が、日本を貶めることですから、
聞く耳持たないでしょう。無視するしかないですね。
(3)ここで言いたいのは、「海への放出」に限定した話でなく、
マスメディアや野党勢力といった「反対のための反対」を頑張る人々。
数字や事実関係をなるべく隠し、恐怖心を煽り、現政権や行政を批判
するだけで、対案はなし。
対案があれば、それを詳細説明し、世論を動かすべきであり、うまい
対案がないから「国難」には、一致して対応することも必要でしょう。
芸能やスポーツといった「人畜無害」な面があることには私は関知し
ませんが、安心・安全に関するまさに大きな問題ですから。
2.ネタ探しとタイミング 続き
とかく「内容に反対」だけを目的というより相手を批判することが
目的であり、そこでのネタ探しとタイミングが重要ですから、「喉元
過ぎると・・・」的なところはよくあります。
(1)今回、「公務員定年引上げ法案」(65歳定年生へ移行ですね)
が、国会再提出(一部の法律文言を変えて)ようです。
一部記事引用すると
「政府は、内閣が認めれば検察官の定年を最長で3年まで延長できると
した規定を削除したうえで、13日の持ち回りの閣議で決定し、国会に
提出しました。」とのこと。
失礼ながら、内容を良く解っているとは言えない反対意見は、今回は
どうするのでしょう。法案の」本質は変わっていないようですが・・・
もう「盛り上げるネタ」として旬でない、タイミングが合わない、と
いったところでしょうか。
(2)「任命問題」で一世を風靡した、「学術会議」についても会議の
在り方について当事者より改革試案がでて来たようですが、これ派の論
評は少ないようです。
もはや「タイミング」が合わない、「報道ネタとして弱い」ということ
でしょう。
3.立場の流動性
何国内に限った話ではなく、世界各国で、報道の自由がある程度ある
ところからは、情報が入ってきます。
(報道の自由がない、全体主義国家群については、外部情報に頼らざ
るを得ません。)
一つ感じるのが、米国民主党の(これからの)対応を見ていて、彼我
の差を感じることになると思います。
「流動性」という言葉が浮かびます。
敵を倒すために「とにかく反対」といったいても、いったん自分が
その座につくと、かつての批判がとブーメランのように帰ってきて、
困ります。
それでは、対応を変えようとすると「依然と言っていることが違う」
となり、また対応に必死となります。
その点「流動性の低い」日本の野党やマスメディアは、自分が中心に
なるとは、「自他ともに思っていないから」同じことを言い続けても
大丈夫。
流動性が低いな、とはいつも思います。
なにも、難しいことを言うな。
それで、国民の餓死も政治犯も病気も少なく、何となく国が流れてい
るからそれでいじゃないかと言われると、それまでかもしれませんが。