1.ワクチン接種現場の報道から
なんか、ものものタイトルを付けましたが、事象は解り易い話です。
新型コロナ感染症対応で、ワクチン接種接種作業が、淡々と進んでいる
ような報道を見て、ほっとしたことです。
一般論でいうのは危険かもしれませんが、どんな情報も私が直接取れ
るわけでないので、以下私が、見聞きした話からの感想です。
ワクチン接種に関して当初は、メディア(某大手新聞)の無意味な
予約を使った妨害的行為や、いろんな現場(フロントやバック)の事
務ミスもあり、それを針小棒大に報道するとか事例もありましたが、
実務運用の「慣れ」も出てくると、スムーズに進んでいるようです。
日本人の特性の一つとして、まじめにきっちりこなすと思うし、仕組
みが一端動きだすと、現場ベースでの「カイゼン」も反映しているよ
うです。
加えて、表立って、ワクチン接種反対デモのような、暴力的妨害は、
内容です。
2、物事の遂行には、みんなの知恵を
(1)新型コロナで大騒動には私は反対で、要は感染症対策の一つ
であり、「当該病理で重篤化する人の数を制御」できればそれでよい、
と思います。
つまり、過剰に世の中の経営資源を回したり、人々の行動抑制により
「遺失利益」を膨らますのは良くない、俯瞰的判断が必要ということ。
先日も書きましたが、新型コロナへの異常とも思えるメディアの収益
嗜好が、各方面に「無駄遣い」を助長させているといつも懸念しています。
私に医療知識はありませんが、「集団免疫が人口の5割から6割のワクチン
接種で可能」という見解をとるならそれに反対しないし、うまく進めると
ばよいと思っています。
(2)「職域接種」に思うこと
「民間活力の導入」のような、大上段に振りかぶるわけでなくても、民間
主体となると、「創意工夫」が現れてくると思います。
行政にはない、ビシネスチャンスと絶える民間の発想は大事と思います。
ワクチン接種と言っても、ワクチンはじめコストの大部分は国が持つし、
従業員50人以上の組織に、ひとり設置している「産業医」も今回うまく
使えそう。
自社従業員接種だけでなく、従業員の家族や取引先のヒト(及び家族等)
に使えると、利用が広がります。
ある学習塾経営においては、従業員はもとより、顧客である塾に通う生徒
と、その親まで、対応ということもできそう、とのこと。
ビジネスとしてのインフラもよさそう。
つまり、ワクチン接種自体は、打ち手が極めて限定される非常に高度な
作業ではないし、例えば、ある歯科医師グループと話を付ければよいとか。
(3)さらなる規制緩和を
何か、自分が若い頃、仕事で検討していた民営化議論(私は民間人の立場)
を、ふと思い出しましたが、行政サイドの判断による、さらなる規制緩和
は、民間活力引き出しに、不可欠化と思います。
3.国民の自由意志は、どうやって図る?
(1)日本は、由民主国家であり、本人の自由意志は尊重されますが、アン
ケートや、インタビューとなると、バイアスがかかる傾向があります。
話が飛びますが
大水害の際、地元の古老に「今までこんなひどい大雨ありましたか」と聞い
ても、(データをすべて知る訳もなく)実質無意味なこともあります。
アンケートやインタビューも然り、相手を「おもんぱかる」ような、行動
もよくあります。
コロナで商売どうですかとマイク付き付けられても、どこまっで「本心」
を話せるか解らないし、放送時に情報の「切り取り」作業も、良くある話です。
(2)ここでは、ワクチン接種への本人の意思の問題
「必ずワクチンを打つ」と、「絶対に打たない」人はそれぞれいるわけで、それ
は当然、尊重されるべきです。
問題は「どっちつかず」の人々。
現実は、確固たる意志があるのでなく、「状況によって判断」という人も、いる
でしう。複数意見を比較熟考して、判断というと格好いいですが、現実は信条や
論理的思考というより、気分や「周りに合わせて」もいる場合も。
さて、集団免疫成立が、人口の5から6割接種という説に立つと、ワクチン接種に
「迷っている人」に、何らかのプッシュ手法も必要かと、思います。
これが、この章での私の主張です。
ダメ押し的に書くと、
マスメディア情報はアテになりません。。
彼等は、恐怖心使って関心を引くという自己目的のために、印象操作
をもくろんでいる面があり、ある面、単純でわかりやすいものです。
あるテレビばかり見ていると、「全民民が、今すぐにでも、おワクチン接種
したくて、うずうずして待っている」といった、雰囲気を作りさせそうです。
うまいものです。