中高年michiのサバイバル日記

世の中のこと、身の回りのこと、本のこと、還暦の中高年がざっくばらんに書きつける日記

どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではいけないのか? 中島さんの力強いメッセージ

 どうせ死んでしまうのに、なぜいま

死んではいけないのか?

中島義道/〔著〕

出版者    角川書店 2008.11

1.概要

一般的は本書の説明は、下記の通り

 所詮人生は、理不尽で虚しい。いかなる人生を営もうと、その後には

「死」が待っている。「どうせ死んでしまう」という絶対的な虚無を

前にしながら、なぜ私たちは自ら死んではならないのか?生きることの

虚しさを徹底的に見つめ、それをバネにたくましく豊かに生きる道を

指南する、刮目の人生論、とあります。

 まさに、これで正しいと思います。

実は、私が中島義道氏を読むのは、初めて。

1946年生まれで、83年ウイーン大学哲学科終了。哲学博士。

 電気通信大学教授。専攻は時間論、自我論、コミュニケーション論。

著作も多数あるようです。

なんとか、生活費は、稼げた人なんですね。

 

2.本文から

 いつもにもまして、明るくないし、一般的な興味も引かない引用かも

しれません。私同様、筆者に共鳴して、引用部分に頷く人が、一人で

もいればいいと思っています。

その共鳴とて、私の経済的損得には全く無関係ですがが・・・・

 (なんか、著者の中島義道的な書きぶりなっています)

 

私はこれまでの人生で(いわゆる)幸福を求めなかった。絶対的不幸

が存在する限り、それはにせものであることを知っていたからであ

る。そして、ただ絶対的不幸だけをじっと見据えて生きてきた。

まさに絶対的不幸の自覚が、あらゆる幸福幻想を吹き飛ばしてくれ、

世間的な卑小な不幸を蹴散らしてくれ、幸不幸に囚われない生き方に

導てくれ、そして私に真に生きる力を与えてくれることを知っていた

からである。

死という絶対的不幸が同時に私を救ってくれた。人生の妙味に触れる

思いである。  P36

 

他人から「あんな屑みたいな本を同じテーマで次々書いて、ぼろ儲け

じゃないか。読者を騙すなよ」とか「もう、いいかげん大学辞めろ

よ」と正面攻撃されて、ようやく安心する。

これって、カネに関する薄汚れた不徹底な「原罪」の意識なのかもし

れませんね。  P62

 

ウイーンでドクターを取り、37歳で東大助手として戻ってきたとき、

私はようやくまともな世界に受け入れられたと自覚したが(中略)

そのころから、私はとにかくまともな世界で足蹴にされないように、

まともな世界で生きぬくために、必死の思いで自分の体を鍛えてきた

のである。  P71

 

哲学は正確に反対のベクトルを持つ二つの要因が不可欠なのだ。

繰り返していえば

(1)(いかにばかげたものであろうと)自分にとって重要な問いを

しっかりつかみ、それにこだわ能力。

(2)他者(かつての大哲学者も含む)の問いを正確に理解し、他者

とのコミュニケーションを通じて自分固有の問いを磨き上げることの

できる能力(そのためにある程度の哲学的知識と技術が必要であ

る)。  P77

 

現代の若者が優れている、という見解

①インターネットのに利用をはじめとする情報収集能力

②身体に染みついた人権思想

③彼らの親たちのように、カネにもモノにも執着しない

④アブノーマルなことに関して寛大

⑤自然な形での個人主義が芽生えており、国家に対しても醒めている。

⑥最近の若者は、優しい  P98-99

 

 現代日本は奇跡的なほど人類の夢を実現した稀有な国である。安全で

あり、飢え死にすることもなく、凶悪犯罪も極めて少なく、そこもか

しこも清潔で、人々は親切で、かなりの知的水準にある。独裁者も奴

隷もいない。私がいらだつのは、こんなに何もかも与えられ(獲得

し)たうえに、さらに「心の豊かさ」までも、「生きる希望」までも

要求する現在日本人(の一部)の傲慢さである。   P102

 

 仕事とは、純粋に「気晴らし」であり、「最も重要なことは考えない

ようにしよう」という黙約の上に成り立っているものなのだから

現代社会に老いて、仕事と呼ばれているものの大部分は、商品やサー

ビスを提供することである。皆そのことに血眼になっている。

そのことに対してのみ対価(金)が支払われる。だから、この黙約を

破棄し、「どうせ死んでしまう」と呟くだけのこと対してなんの金も

支払われないのは当たり前なのだ。   P127

 

私は「ほんとうの問い」を表現せず生きることはできない。それは、

私が下品だからであり、俗物だからであり、弱いからであり、怠惰だ

からである。そのことを私は知っている。そういう私にとって、仕事

をするとは、こうした匿名の人々の厳しい視線に全身射抜かれなが

ら、「なぜ、私はもうじき死んでいかなければならないのか。

そして、それにもかかわらず、私は生きねばならないのか」という問

いを発し続け、語り続けることであるように思われる。  P129

  

 「家族至上主義」の重圧に苦しんでいる人は、少なくないように思

う。あなたが真に苦しんでいるなら、全力をもって家族から、その暴

力、その支配から、その掟から自らを開放しよう。一つ一つの先入観

を粉々に粉砕し、家族の絆を無限に希薄化しよう。

家族とはーーちょうど国家のようにーーあなたを保護し育ててくれる

とともに、貴方を破滅させ殺すものであるということを肝に銘じ

て・・・・  。    P159

 

「どうせ死んでしまう」ことをはじめとして、どう考えても人生は虚

しいのですから、せめて「虚しい」という本当のことを言える立場に

いたいと思いませんか?しかも、ただの不平不満をつぶやいているの

ではなく、できればその問いを掘り下げて、世界のあり方を解明して

みたいと思いませんか?能動的に積極的に、いわば虚しさをバネにし

て逞しくく豊かに生きたいと思いませんか?  P198

 

3.最後に読書感想

まず「身も蓋もない」感想から。

一つ、著者が、経済的基盤を確立できたことは、すばらしい。

考えてみれば、当然の結果であり、もしそうでないとすれば、私が手

に取って、読めるはずはないのだから・・・・

次に感じたのも、これも「普通」のこと。

何の本もそうだが、「役立つかは、読む人のそれぞれの価値観次第で

ある。死について真剣に考えたことのない人間には本書は価値がない

のでしょう。

 著者はそれでも、生きていることに意味はないと絶望せず、死を考え

ることを自らの生としている強さを、感じた次第です。 


 


 

私や年始によくでる予想・予測等を年末に検証していません。今年もその時期です。

1.まずは新型コロナ関連

(1)何かと煽り報道を続け、マスメディアも変わらず人を引き付け

ているようですが、ここへきて「緊急事態宣言」という格好の報道材

料が出るようです。

今日までこの年始も、駅伝、ラグビー、サッカーといった「定番」

が開催され、盛り上がっているのはいいこと、かと思います。

というか、夏の甲子園高校野球中止とか、あまりにヒステリックだ

ったかと思いだします。

私個人は、ラグビーが好きでニュージーランドオールブラックスのフ

ァンなのですが、技術レベルはともかく、高校ラグビーにも少し関

心があります。

当然ながら、参加選手にとって中止にならなくてよかったでしょう。

ふと、夏の高校野球大会に中止を思い出しました。

マスメディアが煽りに煽る新型コロナですが、夏の時期より冬に時期

が流行するのは、気温と湿度から、ある意味当たりまえ。数字の上で

も、マスメディアが言う「感染」は、夏より冬の現在がずっと激しい

はず。

結果は、夏の大会の多くは中止、大騒ぎして、例えば高校野球の大会

を中止したのに、格段に「感染」が多い冬のスポーツのラグビーはな

んでコメントしないの?

「数字」は、報道の都合が悪くなると無視?

野球よりラグビー接触プレイが多いのは、知っているはず。

あの夏の各州高校生競技の中止は、なんだったのでしょう。

現状のコロナの数字でOKならば、国内であれば、何の屋外スポーツ

大会もやっていいのでは?

「矛盾だらけ」の対応は今に始まったものではないですが、

今後「緊急事態」とは、参ってしまいます。

論理的説明、整合性がさっぱり解りません。

ある首都圏の首長などは、緊急事態宣言を「最後の切り札」とか、言

っているようで、政治センスを疑います。

先を読んでどんな難局にも、対応していく気概が政治家に必要です。

最後の切り札」発言は、次を想定していない「万歳突撃」を連想し

ました。

 

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2.今年の10大ニュース予想

(1)何事もいい加減な私は、過去のニュースの予想がどれだけ、当

たっていたかを検証したことがないし、深く考えていません。

性懲りもなく、この時期は、予想を聞いて、どうなるのかな、当たる

かね、と勝手に思ったりします。

 以下は、私が、ある程度参考にしているユーラシア・グループですが

今年も恒例の10大リスクというのを、発表しています。

世界のことし最大のリスク「米の次期大統領」米調査会社が発表 | NHKニュース

1 注釈付きの第46代大統領

(正当性を問われるバイデン次期大統領)

2 長引く新型コロナウイルス

(ワクチン供給開始後も続く政治・経済の衝撃)

3 気候:排出ゼロ目標とGゼロの世界

温室効果ガス実質ゼロに直面する政治リーダーの不在の

世界)

4 米中緊張の拡大

(ワクチン外交などで複雑化する米中関係)

5 グローバルなデータ争い

(データをめぐる世界の覇権争い)

6 サイバー転換点

(高まるサイバー空間のリスク)

7 冷えきったトルコ

(コロナ禍で経済危機に直面するトルコ)

8 中東:原油安が与える打撃

原油価格低迷にあえぐ中東)

9 メルケル後の欧州

(独メルケル首相政界引退に揺らぐ欧州)

10 ラテンアメリカの落胆

(コロナ禍で一層危機に陥る中南米

 今回は1の「正当性を問われるバイデン次期大統領」は解り易く、

納得がいきます。

本文を少し要約すると

①今月20日に就任するバイデン次期大統領がトランプ大統領や支持者

らから選挙は不当だと攻撃され続けることで弱い政権基盤となる

②バイデン次期大統領について、トランプ大統領やその支持者が不当

な選挙だったと攻撃を続けることで「国民のほぼ半数から不法に選ば

れた大統領と見なされ続けるだろう」と指摘しました。

③そのうえで、共和党が議会で抵抗を強めることでバイデン次期大

統領の政権基盤は弱くなり、外交面でも国際社会から信頼を得られな

くなる。

 私見も大方同意です。

政権基盤は弱く、外交面でも国際社会から信頼を得られない、となる

と極めて不安定であり、2021年は大変な年となると思います。

もちろん「大変な」というのは、日本の視点、日本への影響を含みま

す。

 

3.私も相変わらず・・・・

 私の発想も、今年も変わらず貧弱。昨日もデーマが同じだし、このと

ころ、読書を除けば、新型コロナと米国第老亮選挙が、私の思考範囲

の多くを占めているようです。

「関心の広がり」も、新年の課題ですね。

 

年明けですが、イライラは相変わらず、コロナと大統領選挙報道

1.相変わらずのコロナ報道

1月4日時点ですが、1都3県に緊急事態宣言を出すよう、首都圏

地方自治体の首長が国に要請し、国の対応を待つ、といった状況の

ようです。

そのあと夕方の報道では、今週(1月4日の週)中にも、国が1都3

県の緊急事態宣言を発出する、との観測。

また次々「報道」が続いて、よく解らなくなってきています。

相変わらず、コロナ報道は、メディアにとって、人々の関心をそそる

ドル箱(私の感覚が古いですね・・・・)的話題のようです。

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2.私が思うこと

(1)世の中、コロナで相変わらず大騒ぎで、首を傾げるような行政

対応や、煽り報道がなんと昨年2月頃よりずっと続いています。

この新型コロナに対する私の考え方は、一貫して変わっていません。
医学的な見解は、一番しっくりいく京都大学の上久保靖彦氏に拠って
います。
海外を比較分析する力は無論私にはなく、以下国内限定の見解です。
私には、新型コロナはウイルスは、総合すると、例年のインフルエン
ザ同程度の影響力に思えます。
感染者が1000万人になっても、私は驚きませんが、現状の桁違いの少
ない数字で、マスメディア中心に、大騒ぎして、煽り、社会生活に大
きな影響を与えるのは、どうか、といつも感じています。
素人ながら、一社会人として思うのは、各種行動制限やキャンペーンの中止、ましてや緊急事態宣言など、とんでもなく、感染症指定をはずす、せめて二類から五類に変更して、日本の医療ソースを活用するだけ、という見解です。
同じ先進国比較で、人口あたりの重症者、死者が百分の一から10分の一の中で、どうして医療崩壊なんて、言葉が出てくるのか、私には解りません。
冬になりと、気温が下がり、県壮士、ウイルスの動きが活発になって
感染症が拡大する(風邪がはやる)のは、常識の一つでしょう。
もっと、冷静に、真剣に、保身の「立場ありき」でなく、国民のことを考えてほしいもの。
立場のある人が、命を守るとか、今が勝負の時とか、理論もなしに、軽々しく言えるものではないと、思います。
(2)私が恐れるのは、通常の医療への影響です。
テレビ、新聞等のマスメディアも煽りたいのは解るが、少し、この世まともは報道をしてほしいと、いつも望むところ。
同じ先進国の数字比較、PCR検査の基準、PCR陽性であることと感染
との関係、他の感染症との関係、日本全体の重症者、死亡者に占める
割合等、懇切丁寧に、広く国民に、解り易く何度も説明するのが、マスメディアの責務のひとつと思うのですが、現実は違うのでしょうね。
 
 3.米国大統領選の報道
(1)いわいる「メインストリームメディア」では、トランプが往生際が悪い、ということでしょう。
①選挙でバイデンが勝った。
②不正投票、選挙が盗まれたとトランプ側は主張したが
最高裁まで行って負けている
③よって、選挙を覆すほどの不正はなかった。
④しかるに、しつこく騒いで、トランプ側は、往生際が悪い
となるのでしょう。
(2)トランプ側の主張は、多岐にわたりますが、本質的なところは
この不正選挙を正さないと、米国から「自由と民主主義」が失われてしまう。
米国が中国共産帳を軸とする「全体主義」の飲み込まれ、コントロールされてしまう機器を、回避せねばならない、ということ。
「自由の国米国」の存亡にかかわる大問題、いい加減言引くことはできない、となります。
直近は1月5日のジョージア州上院議員選挙、6日の連邦議会の上下院合同会議がポイントとなりそうです。
(3)私が思うこと
この件は、トランプ側の立場です。とはいえ、私に何かができるわけ
ではありません。歴史の生き証人として、今後の動向を30年くらいにわたって、追っていきたいところですが、それもかなわぬことでしょう。
2021年の年明け、始まったばかりですが、タイルつのように、この2つの案件のイライラは、止みそうにありません。

「2021年の抱負」 私の課題は創意工夫のある「継続」です。

1.昨年の振り返り

 (1)昨年書いたものの一部を引用すると、

① 〇硬軟合せた、幅広い読書を継続しよう 

  〇ブログを継続しよう

この2つ、つまり「継続」が、今年の抱負です。

無論、これが組織としての事業計画の一端や、評価シートであれば

 ・何だ、具体的数値目標がなしでどうやって達成度測るんだ?

 ・余りに抽象的、具体的にどういった対応するのか?

といった、突っ込みが入り、書き直し必至ですが、今の私には

これでいいのです。

 ②少し補足します。

 後日に、読むには読んだが、感想や私見を書くまでの理解に至ら

ず、没(ボツ)となった本の紹介として「敗戦記」をアップしよ

うと思っています。

気合を入れて読み始めたのですが、現在の私の当該分野の基礎

知識、分析能力像脳レベルでは、難しすぎたものや

単純に読み始めたが、興味を失ったもの、浮気に負け消えたもの

 ③いつの時代も変化しており、先のことは解らない、いくら歴史に

学んでも、歴史の通り「そのまま再現」というわけにはいかない。

私の好きな言葉の一つ「強いものが生き残るのでなく、変化に対応

できたものだけが生き残る」があります。

どんな環境変化があろうと、私は生き延びて行くぞ、その

中での短い1年間、という意味での抱負が、上記のようになるわけ

です。

(2)振り返り

昨年は、いろんな面で「じわじわ」とマイナス影響がありました。

経済的面も特にそうです。

一方、心身面、家族関係中心に「大きな」、「決定的な」変化はなか

ったように思います。

これも影響し、上記の「幅広い読書とブログ継続の抱負」は、でき

たかと思います。

では、継続した結果はどうかというと、大きく不満足。

成果は、「ほとんどでていない」という厳しい現実。

原因の一つとして、想定するのは、継続はしていますが、惰性に流れ

て、創意工夫がなかったように思います。

市場の選択、方向転換含めた広義の「創意工夫」の欠如です。

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2.今年の課題は、創意工夫

(1)と、書きましたが、重いですね。

誰だって、どこに位置していても、現状にとどまっていてはダメなの

は、認識しているし、意識・無意識に試行錯誤を重ね、創意工夫をし

ているではないか、と言われると、まさにその通りです。

民間企業の経営を例にとると、少しでも前に進んでいかないと、市場

から「淘汰」される、つまり潰れていく憂き目にもなります。

頑張るのは、まじめな人が多い日本で、「親方日の丸」の組織の方

も、私生活だけの方、まだ社会人でない方、引退された方もそうでし

ょう。

(2)「区切り」ですし、、、

とはいえ、人間が生きていくうえで、なんらかの「区切り」は必要

で、「正月」を「1年の区切り」と設定して、見える形で「抱負」を

認識することは、よいことでしょう。

無論、私がずるいのは「創意工夫」といったって、具体的目標文言や

数値基準設定に、二の足を踏んでいること。1年経過して、なんとで

も言い訳はつきそうです。

そもそも、国内外の情勢、家族の環境、自分自身の身の振り方等々と

いう、逃げも打てます。

「先が読めない」以上「具体的基準」の設定は不可能ともいえます。

そういったなか、あえて抽象的に「創意工夫」をあげます。

なんとでもとれそう。

過去、このブログでの何度も書いてきたように

「諦観」や「人間は変わらない」、「多神教的発想」、「適度の楽

観」といった、私のベースは変わらないでしょう。

(3)そういった中で、あえてもう一度「2021年の抱負」を書くと

「創意工夫のある継続」というところでしょうか。

すべからく、気持ちの持ち方次第、「損得勘定」で考えようという今日の結論

1.なまじ時間があると・・・・

(1)人間だれしも、多忙すぎて、というか考えるヒマもない状況

に置かれると、ある意味幸せでしょう。良からぬ「悩み」から解放

されます。

マズローの一欲求の5段階説設は、多くの方が知っていますが、

生理的欲求と安全の欲求が満たされると、社会的欲求、承認欲求

自己実現の欲求に向かという考え、です。

私は、少し違って、生理的欲求と安全の欲求が満たされると、とり

あえずはOKであり、先に進むか否かは、本人次第、ということ。

確かに、社会的、承認、自己実現となると、話は大きくかつ複雑、

個別性となり、一筋縄でははいかないと思われます。

歴史を振り返ると、ほんの少し前まで、人間の欲求は世界中のどこ

でも、腹いっぱい食べさせること。安全に暮らせること。

この2つを担保できるのが「良い為政者」であり、

逆に言うとそれだけ。

(2)幼くて、もしくは若くて、亡くなってしまうと

「これから楽しいことがいっぱいあっただろうに」という嘆きは、

世界中でよく聞くだろうし、おそらくそれは正しいでしょう。

と、同時に、生きていくと、苦しいこと、嫌なことも、

たくさん生じてきます。これはある程度の年齢になると「実感」

が湧きます。

先ほど書いたように、生理的欲求と、安全の欲求は共通であるとし

ても、楽しい、苦しい、うれしい、つらい、といった感情は、前2

者と直接的には、結びつかないことも、多いでしょう。

 個人差も激しいでしょう。

 

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2.損得勘定

(1)生理的欲求と安全の欲求が満たされたとして、人間たるもの、

「退屈」が耐えられないため、いろいろ考えますが、考える方向

しだいで、結果として精神を病んでしまうと、結局「損」だと思

います。

そうならないためには、各自がお気に入りの、回避方法を使うと

よいでしょう。例えば、私がよく使う諦観でも、「無視」でもよい。

自分の力でどうにもできないないことを、考え過ぎていっても

無意味、適当なところでやめましょう。

考え続けることが「生である」、との見解もあるでしょうが、私は

いい加減です。

タイトルにも書いた、「損得勘定」です。

(2)私の場合、日々、気になって、依頼足したり、気分が悪くなっ

たりしている事例は

①新型コロナ感染症の行政対応及び、野党や「専門家」自負するヒト

も含むマスメディアの報道

 ②米国大統領選を契機とした、米国政治動向。トランプ側対大手マ

スメディアの対立軸、といった形。

いらいらの原因の一つは、たとえば

正義は最終的には勝利するとか、世界は自分の納得いく方向になるべ

き、 また結果は公平であるべき等々の「べき論」を考えているから

でしょう、

私も「退屈」に耐え切れず、ああだこうだ、考えるし論評するのです

が、一歩下がって冷静になると、無意味なことに思えます。

  私の考えや論評が、私自身に何のメリットももたらさないでしょう

さすれば。

神経をすり減らすほど悩むのは「退屈しのぎ」「気晴らし」を超えて

精神を病む要素になるやもしれません。

「損得勘定」における絶対的「損」に思えます。

 

3.レビー=ストローズの引用

自分の自由意志とは無関係に、この世に誕生させてもらい、また勝手

に死んでいく身ですから、「自縛から、自分をどう解き放つのか?」

とか「俺は何のために生きているんだろう」と肩ひじ張らずに

生理的欲求と安全の欲求が担保されていることにまず感謝し、人生は

「退屈しのぎ」「気晴らし」と心得得て生きるのも、よいかと思いま

す。

以下に、レビー=ストローズでも引用しましょうが。

世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるだろう。

制度、風俗、慣習など、それらの目録を作り、それらを理

解すべく私が自分の人生を過ごして来たものは、一つの創

造の束の間の開花であり、それらのものは、この創造との

関係において人類がそこで自分の役割を演じることを可能

にするという意味を除いては、おそらく何の意味ももって

はいない。

この役割が人類に独立した一つの位置を示し、あるいは人

間の努力が普遍的な下降にむなしく逆らうことからはほど

遠く、人間は、それ自体が一つの機械、おそらく他の物よ

りはより完成された機械として立ち現われ、原初の秩序の

風解を促し、協力に組織されている物質を、絶えず増大し

ていつかは決定的なものなるであろう無活力へと、追い遣

っているのである。 

(レヴィ=ストローズ 悲しき熱帯 第9部 回帰 40チャウンを

 訪ねて   中公クラシックスP423)

 長くなりましたが、私の好きなフレーズの一つです。

今日はまた、訳の分からない話に終始しました。終わります。 

 

私も、あとから乗っかり、目の文化と口の文化比較

1.日本は目の文化

先日、ボケっとyoutubeを見て(聞いて)いたら、今回の新型コロナ

に関してマスクの話で、「目の文化と口の文化」の話をしていまし

た。

私はテレビを見ることは、ほとんどないですが、youtubeで、ニュー

スや個人のコメントは、割と見て(聞いて)います。

その趣旨は忘れましたが、検索サイトから、少し拝借して、私の言葉

で補います。

(1)日本は「目の文化」の事例として

・眼は口ほどに○○を言う

・日本で使われている顔文字は目だけで感情を表現しています

・一般論として、日本人はサングラス姿に怖さを感じます

とか、ありますね。

・ひとの感情を読み取るとき「目が笑っていない」とも言います。

・「眼力(がんりき・めじから)」という日本語もよく使います。

・昔国語で習った「起承転結」の事例として

  京都三条糸屋の娘

  姉は十六妹は十四

  諸国(諸)大名は弓矢で殺す

  糸屋の娘は眼で殺す

を思い出しました。

(2)口の文化(ここでは欧米を事例にとります)

・欧米で使われている顔文字は口だけで表現している。

・あるアメリカ人は顔での感情表現が豊かで、特に口がへの字にな

ったり大きく開けたりと、ちょっと大げさなくらいに大きく動かす。

・顔のパーツによって、本心を偽っているかどうかの読み取るので

すが、人の顔の中で、口の周辺は意識的に大きな動きが可能なため

感情を表しやすい半面、本心を隠すこともできます。

・今回の米国大統領選挙で、トランプ氏は、マスク無しでまさに

表情豊かに演説していました。

(トランプサポータ―のマスク無しで熱狂。

日本の「自粛文化」との差異は、つくずく感じます。)

・一般論として、欧米では口元を覆っている人を奇妙だと感じる

 (映画に出てく強盗の覆面が典型ですよね。

 

2.口の文化が少し変わる?
(1)個人的にビジネスの話に関心が行くのですが、「口紅」は
売れないだろうな、と思います。
今まで、全くと言っていいほど、口元を隠す文化がなかった(隠す
どころか口元を強調する文化)ところが、今回一変ですからね。
経営に「想定外」はつくものですが、今回のは暗詩は、極めて大き
いです。
(2)冒頭で上げた、youtubeで、論者がしゃべっていたのは、
日本のアニメが、米国でもヒットするのではないか?
この論者によれば、日本のアニメな欧州では受けたが、米国では
いまいちだった、「目の文化」が理解されていなかった。
今回、米国でも「目の文化」の理解が進んで、「鬼滅の刃」が受け
るのでは?との、論調だったような。

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昔の人は「口裂け女」を知っています。
 3.個人的に思うこと
(1)知り合いを間違えそうになった。
以前同じ会社にいて、グループ会社に転籍した女性がいたのですが、
その転籍した会社を会社を訪問した時、しばらくの間、別の女性を
私の知り合いと誤認して、話しかけていました。
言い訳すると、鼻も口元も大きなマスクで多い、目元だけしか見
えない、彼女の髪形をよく覚えていない、となると、間違えるのも
さも、ありなんと思います。
(2)マスクを取る恐怖
今どきは「都市伝説」というのでしょうか?
私が若い頃、PCも携帯も普及していない頃「口裂け女」という情報
がラジオ中心に流布したかと。
ネットを引くと・・・・ありました。

夜、外を歩いていると大きなマスクをした若い女性が

「ねぇ、私綺麗?」と聞いてくる。

そこで「綺麗」と答えると、マスクを外し「…これで

も?」と耳元まで裂けた口を見せるのが定番

(3)文化の変遷なんて、結果論であり後講釈しても仕方がないと

 思います。

しかし、後々振り返って「マスク着用」が変えた文化、というのも

出てきそうです。 

  4. 追加情報、初日の出

 このブログをアップするのは、1月2日の14時ごろです。

下記は元日の日の出。

地元千葉県新浦安の遊歩道から、写したもの。

かなりの人出だったようです。

というのは、朝寝坊の私が写したのでなく、朝の散歩が日課の家人

から、貰いました。

取れも寒かったようです。

私は例年通り、遠出はおろか、外出もせず、自宅にこもっています。

年末年始ほどんどテレビを見ないのも例年通りです。

ところが今年は、地元神社に参拝しないのも、今年は新型コロナが言

いわけになりそうです。

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再論、正月はなぜめでたいか?(新年の挨拶に代えて)

明けましておめでとうございます。

年明け早々「再論」も無かろうか、とも思いましたが、この年齢で自

分の1年を前後に熟慮すると、急激な変化も、無い可能性というのも

正論。

「昨年の今頃は何を考えていたっけ?」と1年間を振り帰り、想い

を新たに、というも、良いと思います。、

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 昨年のものを纏めてみます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今までどおり、私個人の能力の範囲で、日々考えていることや、

世の中の事象や、書籍について素朴な感想を。。。

ということで、タイトルは「正月はなぜめでたいか?」です。

1.私にはしっくり、商売人の発想

なぜ正月がめでたいか?
 ・安堵した、これは、めでたい。
について、少し論じていまして、
安心できているこの瞬間を少しの時でも長く」、と思うし、
「これで、正月三ヶ日くらいは、枕を高くして眠れる、なんと
か生き延びられる。これは、めでたい。」という心情。
生きていくこと自体が苦しい、苦しいことが普通だったのかも
しれません。 
しかし、よく考えると上記事例は、広義の商売人の世界に通じ
るもの。
長い日本の歴史の中で、大半の人々は、農業中心とした第一
次産業従事ですよね。
  2.やはり稲作文化と神道
出雲大社紫野協会というところから引くと

 お正月はなぜめでたいのか

① 豊作や幸せをもたらす神様が来る月だからなるほど、

これはしっくりきます。

 ②もうひとつ引用します。

芽が出る」ことをこめて、同時にそれを「賞でる」

気持が現れる、ことから「おめでとう」ですね。

これもしっくりきます。

 3.自ら能動的に動いて「めでたく」しないと
締めには、正月の抱負
晦日にアップの
無駄な悩みは、やはり無駄、想定外のことは起こる、
を受けて、
「私の人生の方から、私に投げられている”意味と使命”を見つける
べく、考え行動していく、べし」というところでしょうか。
 
〇今、思うこと
以上、昨年のものを読み返して、現状もそのままの心情です。
昔、大学での講義が研究者としての日進月歩の反映でなく、昔のノー
トの反復のみ、という話を思い出しました。
「全くの反復」は、いただけませんが、大方のオトナの仕事を振り返
ると、継続反復が、ほとんどでしょう。
それで、社会が成り立っているのでしょうし、多くの人が「想定外」
の動きをしたら、それこそ社会不安でしょう。
エドモンド・バーク保守主義をもじるつもりはありませんが、今まで特に、問題もなく過ごせたのだから、今年もその継続で。。。
つまり、昨年の主義主張をそのまま引用し、何か突発的な変化があこればその時にマイナーチェンジで対応しよう。
これで行こうかと思います。