中高年michiのサバイバル日記

世の中のこと、身の回りのこと、本のこと、還暦の中高年がざっくばらんに書きつける日記

失うものと守るものの比較衡量。酒提供の店に休業要請は如何?

またまた、新型コロナ騒動の続きですが、タイトルの通り

酒提供の店に休業要請は如何?について、書いてみます。

1.三度目の緊急事態宣言 

(1)比較衡量は、法律でも実社会でもよく使う言葉ですが

経済維持とと公衆衛生観点から、少し書きます。

公衆衛生維持や医療体制維持は金科玉条的なところがあって、

なかなか書きにくいのですが、日本における新型コロナ騒動

には、私は一貫して「比較衡量」がうまくできて居いないと、

感じています。

目指す公衆衛生方針実行の実害と、経済を停めることのでの弊害

の比較衡量が、どうもしっくりいかない、と感じています。

(2)少し古い引用ですが、4月22日夕方時点の推測記事から

すると

東京都 緊急事態宣言の措置案判明 酒提供の店に休業要請など

 というもの。

現実に4月25日日曜から実施となった訳ですが

東京都 緊急事態宣言の措置案判明 酒提供の店に休業要請など | 新型コロナウイルス | NHKニュース

 全体の概要趣旨は

「飲食店については酒を提供する店に対して休業要請を行い、

提供しない場合は午後8時までの時短要請を行う」のようで

具体的には、

 〇飲食店については酒やカラオケ設備を提供する店に対して休業

要請し、 提供しない場合は午後8時までの時短要請

 〇大型商業施設は、床面積の合計が1000平方メートルを超える場

合、生活必需品を販売するエリアを除いて休業するよう協力を求める。

 〇イベントについては、社会生活の維持に必要なものを除き、原則

無観客で開催するよう協力を求める

 〇鉄道やバスなどの交通事業者に対して、平日の終電の繰り上げや

週末・休日の減便など、協力の依頼

 〇都民に対しては、変異ウイルスの感染者が増加している現状など

を踏まえ、日中も含めた不要不急の外出と移動の自粛に加え、都道

府県をまたぐ不要不急の移動は極力、控えるよう促す

といったようです。 

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またまた「臨時休業」をよぎなくされています。

2.日本は基本対応はできている

(1)まず現状把握、やはり煽りすぎ

何度も同じことを書いていますが、まず現状の数字を、世界比較で

しっかり把握すること。

仕事として、マスメディアは「関心を引くため恐怖心を煽る」ことに

一貫して(新型コロナ騒動が始まって以来)注力しています。

テレビを見る人いあだ多いですが、さすがに「報道姿勢に飽きてくる」

様相もみえます。

いろんな情報からの学習効果があり、これは、いいと思います。

今日の本題の比較考慮に戻りますが、まず新型コロナ感染症の実態

国際比較含め、冷静に考えることが出発点かと思います。

(2)やれることは、すでにやっている。

感染症に対応することは、まず免疫量を付けることが一番、次に手洗

い、うがいという対応を、まじめに継続数rことで、それ以上でも以下

でもないでしょう。

ワクチン接種有無についての、私見は今日は書きません。

(3)「医療崩壊」というセンセーショナルな表現

新型コロナへの医療体制の全員参加家要請は、私も当初から主張して

いる事で、1年以上たち要約進み通足るように思います。

 これも比較考量で、広域に国民全体に「強要」するなら、行政と医療

関係者も対応してほしいところ。

感染者が国際比較でけた違いに少なく、ベッド数等のインフラが先進

国比較で(同じ人口比較で)3から4倍もある日本で、「医療崩壊

が起こるハズはないのに、行政の対応ミスをなじるより、人々の恐怖心

を煽る方が受けがいいのでしょうか。

 比較考量で、他の病気に比べ、新型コロナが深刻だとの判断なら、行政

が覚悟を決め、医療機関に、対応を「強要」すれば、それで済むことに思

います。

私は感情論で言っているのでなく、現状の数字から。十分対応可能と言

っているだけです。

(4)アルカポネの米国禁酒法時代を連想

オドロオドロシイ話ではないですが、「米国の禁酒法」を思い出しまし

た。 アルコールの全面提供禁止は如何?

本当に実効性を保ちたいなら、行政も覚悟をもって、漏れない厳罰で

対応しないと無理でしょう。

いわいる「正直者がソンをする」意識がますます強くなってきている

なか、自粛とかお願いとか要請に頼るのは無責任で、行政の覚悟がな

いと。。。

今日のブログタイトルである「比較衡量」からすると、緊急事態宣言

自体が劣後してしまうように私は思うのです。

 

3.明るい希望

最近読んでで、特に面白かった本の趣旨に、

「インターネットの発達により、1400年のイスラム教の歴史の

中で、初めて一般人が「コーラン」を読むことができるようになり、

コーランそのまま理解する原理主義的考えが浸透してきた」との

趣旨がありました。

スケールの大きさは違いますが、新型コロナも行政当局、「専門家」

と称する既得権益保全集団、マス・メディア、反対のための反対で自己の

存在を維持する人々等々から知識・情報の面が解放され、

「自分で考える」ためのサポート情報も取りやすくなってきて、それは明

るい傾向と思います。

つまり、「○○が言っていることは違うんじゃないか」とヤマ勘や感情論

ではなく、冷静に理論と知識に基づき判断できる情報が増えてきた感が

あります。