中高年michiのサバイバル日記

世の中のこと、身の回りのこと、本のこと、還暦前の中高年がざっくばらんに書きつける日記

存在を知らない世界を減らしていく姿勢が大切 結果は認識不可能 

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いくつになっても、世界は知らないことばかり

何やら、訳の解らないことを・・・・、との批判はお受けします。

直近、書いていなかった抽象論です。

本日は書評でも名言引用集でも社会現象コメントでもありません。

話としては、シンプル、取り立てて新機軸はありません。

要は

①世界を3つに分けよう

②自分では、存在すら知らない未知の世界がたくさんある

③いろんな手段で、情報にアクセスし、未知の世界を知っていこう

 その姿勢が大切だ。

④未知の世界が、なくなることはあり得ない。

恐らくどんどん増えていくのでしょう。

具体的に、どれくらい自分が未知の世界を知ったかは、定量

に認識できないでしょう。それは仕方ないこと。

以上ですが、補足説明していきましょう。

1.世界を3つに分けよう

①自分が知っている世界

 知っている程度・深さ・幅当は問題にしません。

 とにかく、「知っていること」です

②自分が「知らない」ということを知っている世界

 世界は、自分の知らない世界で満ちみちています。

 ソクラテスの「無知の知」を持ち出すまでもなく、「自分が知ら

 ない世界がたくさんある」と、認識しておくことはとても大事

③自分が存在すら知らない世界、認識していない世界

 実は、この世界が、誰にとっても一番大きいハズ。

 自分が存在すら知らない世界については、ヒトとでも本でも

 意思疎通が働かない、ということになります。

2.存在を知らない未知の世界を知っていこうとする姿勢

(1)生まれてから、人間社会で育てられ、一定の教育を受けていく

中で半ば強制的に「自分の知っている世界」は広がります。

 しかし、ある程度の年齢になり、一定の居場所を見つけると、

この強制力は、ぐっと弱まってきます。

とはいえ大多数の人間は、何らかの形で社会に働きかけて、なにがし

かの生活の糧を得ることが必要で、「自分の知っている世界」を、広

げていかない訳にはいきません。

 (2)年齢と共に、無理して「自分の知っている世界」を広げなくて

も、「生き延びていける」可能性威は高まっていくでしょう。

そこで、今日の私の「言いたいこと」です。

世界は、自分の知らない世界で満ちみちていて、この存在すら知らな

い世界については、コミュニケーションができない。

それでは、いけない。思考実験的表現になりますが

大多数の人間が、自分の知っている世界に閉じこもって、しまったら

全体としての社会は、うまくいかないのでは、と私は思います。

タイトルに書いた

存在を知らない世界を減らしていく姿勢が大切

 と、私は思っています。

(3)何度も引用していますが

佐藤一斎の著作『言志四録』から

少くして学べば壮にして成すあり。

壮にして学べば老いて衰えず。

老いて学べば死して朽ちず

今日は、ココ・シャネルも入れましょう。

 私のように、年老いた、教育を受けていない、孤児院で

育った無学な女でも、まだ1日にひとつぐらい花の名前を

新しく覚えることはできる

 3.未知の世界は、広がっていく

(1)ホモ・サピエンスが、地球上に存在している以上

情報量は増えてていくでしょう。

グローバルな人口増加、AIのサポート等もあり、情報量は加速度的に

増加する感があります。

よって、「自分が知らない世界」を減らしても、決して無くなるは

ずはありません。

(2)「存在を知らない」ことはクリアしたが「理解できる」は、

全く別問題。

結果は認識不可能であり、構わないというか、仕方のないこと。

私のブログでも、いろんな書評で、量子力学や、数学のIUT理論、経済

学、宗教、哲学、心理学等々の考え方を紹介していますが

私が「理解できた」かは、全くの不明です。

言えることは、「存在を知らない世界」から「存在を知っている世

界」に移行した、ということだけ。

4.今日の最後に

こんにちの我々は、食料のほかに、「情報を食べて」生きています。

どういう情報を食べて生きていくか、

「知らない世界」を減らしていこうとするのか、現状への安住で生き

延びられる(と想定できる)から、「知らない世界」には踏み込まな

いのか、それは個々人の選択、私はあくまで私の主張です。