中高年michiのサバイバル日記

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民族という虚構(読書感想文もどき)虚構であることを認識し、虚構を通して「生」を得る

民族という虚構

著者       小坂井敏晶/著  

出版者    筑摩書房 2011.5

文献あり 索引あり

書誌注記              初版:東京大学出版会2002年刊

1.概要 

我々が当然視している「民族」という概念を文化、記憶、歴史、

政治など様々な視点から分析して、それが「虚構」に過ぎないと

説いています。

民族は虚構ですが、その虚構を通して、人間は「生」を得ること

になります。虚構以外に「生」はありえず、虚構を消して置き、

人間同士の関係性を合理化していった結果残るのは決定論的な、

時間のない、意味のない世界となります。

矛盾を妥協的に解消するのではなく、逆に矛盾をもっと先鋭化

することによりより満足な解答が生まれないか、模索している

ように見えます。 

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小坂井さん著書もこの本棚イラスト

2.本文からの引用

第1章 民族の虚構性

境界が曖昧になればなるほど、境界を保つための差別化ベクトルがよ

り強く働く。人種差別は特異性の問題ではない。

その反対に同質性の問題である。差異という与件を原因とするのでは

なく、同質を差異化する運動のことなのであり、客観的な距離が問題

なのではない。

対人関係あるいは対集団関係における距離というものは、もともと社

会心理学的な過程で生み出される現象だ。P044

 

民族は共通の祖先から派生し、血縁を通して連続性が保たれると一般

に了解されている。したがって我々の次なる考察の焦点は、民族が時

間を超えて自己同一性を維持するという通念に定めなければならな

い。 P44

 

第2章 民族同一性のからくり

フランス・ドイツ・イタリア・日本といって諸国は、初めから単一民

族で構成されていたのではない。反対に、内部での政治的統一が可能

であったために、一つの民族という表象が後ほどできあがったのであ

る。

イスラエルの場合も、身体・文化・宗教・政治信条など非常に異なる

人々が集まっている。しかし、神に選ばれた民族だという虚構、そし

て歴史的に迫害を受け、敵対するアラブ諸国に現在も包囲され、外部

が常に意識される状況に支えられて、単一民族という表象が継続して

いる。P69

 

文化は必ず変遷する。太古から続く伝統などというものは、たいてい

が後の時代になって脚色された虚構だ。  P79

 

虚構の物語を無意識に作成し、断続的現象群を常に同一化する運動が

なければ、連続性は我々の前に現れない。民族の記憶や文化と呼ばれ

る表象群は常に変遷し、一瞬たりとも同一性を保っていない。したが

って、結局のところ我々が問題にすべきは、手段的同一性がどのよう

に変化するかではなく、虚構の物語として集団同一性がかく瞬間事ご

とに構成・再構成されるプロセスの解明だ。  P88

 

第3章 虚構と現実

 この章で展開した主張は次の3点

①虚構は信じられることにより現実の力を生み出す

②虚構と現実は不可分に結びつき、虚構に支えられない現実は存在

しない

③虚構が現実として機能するためには、世界を構成する人間自身に

対して虚構の仕組みが隠蔽される必要がある。

 

第4章 物語としての記憶

この章では、民族同一性を根本から支えている記憶の働きをいろいろ

な角度から検討し、記憶は単なる経験の積み重ねではなく、次第に構

成される虚構の物語として理解すべきだと説いた。しかし、記憶の虚

構性を明らかにした目的は、我々の同一性を支える記憶の脆さ。その

根拠の薄弱さを告発し、単に世界を相対化することではない。

それどころが、そのような虚構を消極的にとらえる発想を退け、世界

の同一性と変化とを同時に可能とする源泉として、積極的な角度から

虚構を把握すべく、ここまで務めてきたのだった。  P174

 

第5章 共同体の絆

この章では、集団責任が依存する論理の検討から始め、共同体の絆は

契約のような合理的発想では説明できないことを明らかにした。

個人を集めたときに、単なる集合ができるのではなく、構成員が有機

的に結びつけられた集団が発生するためには、何らかの虚構の助けが

必要になる。したがって、虚構を完全に排除し、社会秩序を合理的に

うち立てようとする企画は不可能なだけでなく、その無理な強行がい

かに危険であるかを説いた。P220

 

第6章 開かれた共同体概念を求めて

 民族は虚構の物語だと一貫して主張してきた。個人心理の機能から社

会秩序成立の過程まで、あらゆる次元において虚構が絡み合って人間

生活は可能になっている。しかし、人間生活の虚構性を繰り返して確

認したのは、虚構から目を覚まして自由な存在として生きよというた

めではなかった。

逆に、人間の生にとって虚構がいかに大切な機能を果たすかを説いた

のだった。  P281

 

あるいはこう言ってもいいだろう。もし文化と時代を超えて人間存在

を貫く本質があるとすれば、それはまさしく、本質と呼ぶべき内容が

人間には備わっていないということにほかならない、と。 P283

 

3.私の理解の範囲での感想

 今回も手ごわかった。理解できたという自信には乏しい。

直近立て続けに、小坂井さんの肉声をyoutubeで聞き、著作を三冊

程、読んだ。少しわかりかけてきた感もある。

自分がいつも『当たり前』と思っている社会秩序が「虚構」であり、

その「虚構」無しでは生きられないことは、私の勝手理解の仏教の

「空」に通じるものを感じています。

私は、このブログの節々に自分の「諦観」を書いています。

虚構の考え方が、諦観をまた、支援するように、思えてならないので

す。 

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