「悪」が変えた世界史 上
ヴィクトル・バタジオン/編
出版者 原書房 2020.11
1.概要
上巻のほうは、 カリグラからヴラド三世、ヴォワン夫人まで
絶対悪を体現する歴史上の人物という評価で、10人を取り上げてい
ます。
もちろん、誰を「悪人」と取り上げるかは、すべからく著者の主観
でしょうが、リストアップされた人物は「さもありなん」と思われ
ます。しかし、彼らは実際にはどんな人物で、どこまでが事実で、
どこからが神話だったのかの判断は、極めて難しいものです。
著者群ると、枕詞が、「狂気のローマ皇帝・カリグラ」、「子供の
に飢えた元帥ジル・ド・レ」となるようです。
他の著書からの情報が多い人物もあり、「いろんな見方」の参考にな
ります。
2.本文から引用
刺激的・ウケ狙いだと、どうしても残酷シーンの列挙になりそうですが
あえて避け、著者の「考え方」を中心に引用します。
カリグラ
このような指導階級嫌悪は、カリグラは民衆派であった、という証拠なの
さろうか?確かに、カリグラは平民に対して驚くほどの思いやりを示すこ
とが時々あったが、それは民衆を扇動するためだけであった。いずれにし
ても、カリグラは身分の低い者も、貴顕と同じように苦しめることを躊躇
しなかった。 p20
ガイウス=カリグラは、在位三年八が月で死んだ。享年28歳。
彼は、殺されて治世を終えた初めてのローマ皇帝である。その誇大妄想、
悪ふざけ、おぞましい残忍性ゆえに、カリグラはローマの人々にとつて
皇帝権力のゆがんだ象徴となった。 P29
ネロ
カリグラと同様に、ネロは生まれ持った残忍性を隠そうともせずに、醜悪
で嗜虐的にふるまうことがあった。舞台に立った時は、観衆が途切れもな
く喝采することを要求し、疲れて喝采を中断した者は情け容赦なく打擲
された。なみはずれて裕福な者たちを処刑し、彼らの財産を奪った。
ローマ帝国一の富豪であった解放奴隷パッラスは毒殺された。子供の頃の
家庭教師、ブッルスには、喉の薬と称して毒を送った。 P52
ジル・ド・レ
ジル・ド・レは、その性的嗜好ーー小児性愛とサディズムーーゆえに、
たんなる犯罪者とも魔法使いともみなされなかった。中世の人々が考え
るとどのようなカテゴリーにも入らない、絶対的怪物とみなされたのだ。
これこそ、ジルの忌まわしい思い出がブルターニュやヴァンデ地方を中
心としたフランス西部に長年にわたって継承された理由だろう。 P115
ヴラド三世
メフメト二世の注意を引いたのは城壁に囲まれた町そのものではなかった。
スルタンの軍が進む道は、串刺しの森のなかを通っていたのだ。長さ三
キロ、幅一キロにわたり、串刺しで果てた何千人もの死体が林立していた
のだ。(串刺しにされたのは、冬のオスマン領内侵攻のさいに生け捕りし
たオスマン人) (中略)
スルタンさえも茫然自失し、これほどのことをしでかす男はこんな小さな
公国にに似つかわしくない、と舌を巻いた。 P120
イヴァン雷帝
近年になってイヴァンの遺骸を調査したところ、かなりの量の水銀の蓄積
が確認された。(中略)
子ども時代のトラウマによって既に損傷を受けていたイヴァンの神経系統
は、水銀によって変調が深刻化したのであろう。こうした生理学的および
心理学的な考察はさておいて、イヴァンが暴君となったのは、邪悪な性格
ゆえなのか、思い描く統治を行うための政治的選択であったかのかは、判
断が難しい。いずれにしろ。権力の行使が正確の暗黒面を強めたことは確
かだろう。 P170
バートリ・エルジェーべド
エルジェーベドが怒りに任せて、ダイヤモンドの指輪をした小さな手で
侍女のほおをたたいて掻き傷をつけた時、その若き処女の血が自分の片
方の腕に滴り落ちた。すると奇跡が起きたかのように、エルジェーベド
の肌のしなやかさと輝きが復活したのだ。
虚栄心が強く、悠々自適の生活を送り、自分の美貌を保つことだけを
心配していた伯爵夫人は、永遠の若さの秘訣を見つけたと思ったのだ
ろう。 P180-181
人狩りも簡単だった。娘たちの多くが教育を全く受けておらず、プロ
テスタントと先祖代々の迷信のはざまで信心深くもなく、素朴さにあ
ふれ、背が高くがっしりとしており、若さ溢れる健康体で、鮮やかな
血の持ち主だった。つまり、伯爵夫人が好むすべてをそなえていたの
である。 P181
3.最後に
世界史上で、「悪人」を定義しようとしたら、またランク付けしよう
としたら、それこそ収拾はつかないでしょう。
人間ですから、いろんな個性があり、局面局面での判断の違いもある
はずです。包括的理解・評価は無理で、「結果」からの一部の評価抽
出は可能でしょう。
一時的にせよ、何らかの権力(暴力装置)を維持していて、自分の判
断(直接・間接アリ)で、たくさんい人を死なせた、ということでし
ょうか。