中高年michiのサバイバル日記

世の中のこと、身の回りのこと、本のこと、還暦の中高年がざっくばらんに書きつける日記

人間は変わらない 手を変え品を変えのアプローチに、つど度感動しまた退屈を避けてきた。しかし限界の分野も?

1.人間は1万年以上変わっていない

歴史の本も少しは読むのですが、人間の頭で考えることは似たよう

なもので、1万年以上も変わっていないと、つくづく感じます。

頭脳の量や構造、肉体条件も変わっていないのだから、当たり前

と言えば当たり前なのですが・・・

まず、人間は生命を維持することを何より先に考えますが、余裕

が出てくると、いろいろよしなしごとを考えます。

また飽きっぽいくせに、退屈を何よりも怖れるのが、人間の気質

のような気がします。

先ずは、動物を、植物を、鉱物(金属)を、自分の支配下に置こ

うとするし、最期は、この世界を支配しているものは何者か、を

考え出そうとするのでしょう。

それを、神と呼ぶならば、神という存在が、人間に似ているのは

至極当然に思えまず。

 

2.手を変え品を変え

さて、生物としての人間が生きながらえいくには、食事と生殖が

必須であり、その中に楽しみや快楽を求めていくのは、どの地域

に住んでいようが、それは共通に思えます。 

(人類の誕生は、北アフリカの地溝帯で、そこから全世界に散らば

ったという説に立ちます)

食事や生殖に関して、少し余裕が出てくると、手を変え品を変えて、
楽しみや快楽の手法を探っていきます。
そもそも、人間はそう賢いとは思えないし、飽きっぽいという気質
と、受け手はすぐに騙されやすいので、少しの変化で感動したり納得
したりします。
もし、人間の思考や行動を、外部の知的生物が観察できるとしたら、
やることなすこと、どれも少しも変わっていないじゃないか、となり
ます。
確かに、食事をする、生殖活動をすると言えば、目先の変化はありま
すが本質は少しも、変わっていません。
文字が出来て、離れた人間どうしで情報交換できるようになってから、
5000年としましょうか。
いわいる知的活動においても、人間が何にどうやって感度する、頭脳
を刺激されるかというのは、あらかじめ分かっていて、「文字文化が花
開く、歴史上の発展」といっても、想定される一定の範囲内を少しずつ、
動いてきただけ、という気がします。
現在においても、いわいる文化活動として、たくさんの情報作り手がい
て、それ以上の多数の情報の受け手がいて、世の中が回っているのも、
同じようなことにつど感動し退屈をしのいでいる、とも言えます。

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思考や感情の「規格内」「規格外」のイメージ
3.たまには規格外も
話を、ぐっと矮小化します。
(1)自称他称の「推理小説破り」と呼ばれる人もいます。
大方推理小説というものは、最後の種明かしを聞いて、なるほどと
思わせるような読み物ですが、途中で正解が解ってしまう人もいる
でしょう。
大げさに言うと、書き手の「規格外」の思考ができる人かもしれま
せんが「見栄やトリック」でなく本当にすべてわかるなら、読み手
はそう面白くないだろうし、早晩「推理小説」から離れるでしょう。
とはいえ推理小説破りが、小説を書けるか、というと別問題であり
ある事象では全てが解ったとしても、別の事象がたくさんあり、
「全てにおいて賢い」という人は、ぐっとまた少数でしょう。 
 (2)数学の問題で「ABC予想というのがあります。
いわいる「世紀の難問」と言われるものです。
日本の著名大学の数学家出身という人が、解りますかと聞かれた
ときの答えが振るっていて
「解るはずがない。そもそも、世界で20人くらいしか回答が理解で
ないのに、凡人の私に解るはずがない」と回答。正直ですね。
 別の問題でも、屡次の話を聞いてことがあり、「正解」と言っても
「正解か否か」を判断できる人が、ごくごく少数というのは、どの
世界でもありそうです。
(3)栄枯盛衰の視点
学問分野の栄枯盛衰の視点で見ると、情報の蓄積により「手を変え
品を変え」が通用しなくなりつつある分野もあるようです。
「宇宙の謎」を解き明かすのにかつては「天文学」を極めた人がその
筆頭グループだったようですが、今や「宇宙の謎解明」に対峙できる
のは、量子物理学を極めていないとダメとか
もっと身近な例をいうと、株式市場での「花形」と言われた「トレーダ
ー」という職業は、「絶滅危惧集種を通り越して、消滅してしまったよう
です(AIに取って変わられた)
 
4.最後に
タイトルに挙げた「限界の分野」はまだまだ少なくて、ああでもないこう
でもないと、無い知恵絞り、手を変え品を変え作りだしていくサービス
に対し大多数の人間が反応を示して、そこにお金が介在し、しばらくは経済
が回り人間は続いて、行きそうです。
1万年以上人間社会が続いてきて、今後の1万年では、また変わってくるかも
しれませんが、そもそも私が生存しているはずもないし、コメントは無意味
でしょう。