中高年michiのサバイバル日記

世の中のこと、身の回りのこと、本のこと、還暦前の中高年がざっくばらんに書きつける日記

「鉄は熱いうちに打て」と今更言われても、、、いやいや中高年も大丈夫です。

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いつまででも挑戦はできる

1.一般論

「鉄は熱いうちに打て」と、聞いて
ご同輩なら、なにを今更というのが、正直な感じでしょう。
いや、大丈夫です。
いや、ご同輩向けだけでなく、若干若い人向けにも、これを書いています。
俺は、僕は、私は,自分は、(日本語は一人称の表現が多いですね)
未だ若い、とおっしゃる方も、百年、二百年スパンでなく、ほんの
10年20年で、「もう若くなくなってしまった」となってしまうと
考えると、わりと広い対象者でないかと思います。
 さて「鉄は暑いうちに打て」の意味ですが、一般的には二通りある
ようです。
 ➀ 人も精神が柔軟性に富む若い時代に有益な教育を施さなけれ
ばならない
 ということのたとえ。

 つまり、若いころのほうがもの覚えがいいので、早いうちに物

を覚えたり 教育したほうがいいい、(これは、頭脳だけでなく、

肉帝的訓練も含むでしょう。)

手遅れにならないうちに処置を講ぜよということのたとえ。

 つまり、物事はタイミングが大事なので、よい時期をのがさない

ようにするべき、とのことです。

 さて、「熱いうちに打て」を②の見解からすると、

何も、経営の帰路にあるとか、俺は重要な判断を任されている

(任されていた)、と肩ひじ張るまでもなく、 いくつになっても、

誰にでも、チャンスはある。

それどころか、「タイミグを見計らう」、というのは生活そのもの

ではないか、と思われます。

「一見落着、ハイ、終わり」でなく、物事を斜に構えてみている

私は、元の意味を少しデフォルメして、勝手論を以下に展開します。

 2.私の勝手解釈

結論は、生きている以上、どこか熱い部分もあるでしょう。
いや、全くない、オレは首尾一貫冷徹で、一点の曇りもなく、熱く
はならないという、頑な方は、置いといて。
 人の本能に近い(と思われる)部分は健在であって、女性であれば、
「いつまでも、若くありたい、美しくありたい」は、古今東西変わ
らないでしょう。
また、「鉄は熱いうちに打て」と言われても、外から打たれるのは、
やはり、イヤ。それなら、自分で叩くしかない。
こちらは、自分でやるから、手加減できますしね。
自分が思う範囲で手加減して叩いて、より強靭な部分を維持して
いれば?
先日の「必要なものを身につけるには、好奇心が不可欠?」と同じ
じゃないか、と言われそうですが、そのとおり。
 要は、私の勝手解釈で言いたいのは、
 精神的な若さを持っていれば、いつまでも大丈夫ですよ。
気の持ちようです、というもの。
 
3.また先人の登場
ここで、先人の登場。相当前のブログですが、
アメリカの詩人サミュエル・ウルフマンの「青春」の一節

年を重ねただけで人は老いない。

理想を失う時に初めて老いがくる。

歳月は皮膚のしわを増すが情熱を失う時に精神はしぼむ

青春の1ページ - 中高年michiのサバイバル日記

ですよね。

「俺は、もう完全に干からびた」、といっても生きている以上、

何処か、何処か熱くなる部分もあるでしょう。

大丈夫です。生きているのだから。

 4.最後に

 「鉄は熱いうちに打て」の解釈といっても、なんだ、打算か?
こちらもその通り、です。
余程周りに、迷惑でない限り、好きなように生きられるのが、幸せ
な気がします。
 では、何をもって「好きなこと」なのかの議論は、後日改めて、、、。
 
 
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