中高年michiのサバイバル日記

世の中のこと、身の回りのこと、本のこと、還暦の中高年がざっくばらんに書きつける日記

いつの時代も不安は同じくらい。 絶対者がいた昔も、権威が消えつつある現代も

1.権威があるもの、昔は権威があったもの
(1)関東は遅い梅雨明けまだのようですが、次は暑い夏があって、
それも過ぎるころには、「ノーベル賞の季節」がやってくるのでしょ
うか。
いろいろ議論があるノーベル平和賞や、文学賞はともかく、理科系の
ノーベル3賞(物理学、化学、生理学・医学)は、まだまだ「権威」
がありそうですね。
(2)一方時代ともに、「権威」からずれ落ちたものも多々あります
よね。
 国連本体及び下部機構は、非効率運営、悪い意味の官僚的批判で、戦
後すぐの輝かしい「国際機関」のイメージから最近は輪をかけてWHO
(国際保健機構)はもうさんざん悪口言われるし、ユネスコ評判も怪
しいものですよね。
国連尊重の外交というと、特に日本では、不偏不党の連想もあり、
「聞こえ」は確かにいいです。
(3)和訳の問題ですが、「国際連合」を「連合国」というと、どう
でしょう?
枢軸国に対抗する「連合国軍」と紛争地に派遣される「国連軍」で
は、微妙なニュアンスのあるような・・・・
国連職員になって「国際公務員」になると、「地方公務員」より、な
んだかカッコイイような、雰囲気もありました。
いずれにしても、私には「権威からずり落ち」のイメージです。
 
 

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不安な心理状態です

2.変わるもの、変わらないもの
(1)比較憲法として特に海外での研究は、大日本帝国憲法と、日本
憲法は、いろんな点で共通点が多いものらしい。
一方、私自身中学生の頃までは、「太平洋戦争を境に戦前戦後で、日本がガラリと変わった、基本法たる憲法もしかり」、と思っていまし
た。
しかし、年を経て、社会についていろいろ学んでくると、基本的な社
会経済制度が戦前戦後といっても、あまり変わってない面多々ある
と、気付くようになりました。
 (2) スティーブン・ピンカーの著書
「暴力の人類史」や
ったと実感します。
理論があり、数字根拠に基づく、説得力のある説明は、とても勉強に
なります。
踊らされない、あおられない、冷静な、数字分析は必要ですよね。
(3)しかし個々人の持つ心理面、不安の総量はどうでしょうか?
飢餓、弾圧、衛生上から来る死の恐怖、これに伴う不安は確かに減り
ました。
(以下、話を大きく広げますが)
天動説がどうも正しくなくて地動説が正解ではないか、
産業革命によって、資本主義社会へ舵を切ることになった
これまで変わらないと思っていた幕藩体制の権威が揺らいでしまっ
た・・・
現在の大衆社会になるとメディアか何かと不安をあおる。
 つまり、これまで不変と思っていた権威はくずれ、精神的に拠って立
つべきところが、なかなか見つからない。
「安心、安定を得るところがない」
不安の対象と、考えていることは多種多様でしょうし、各自の頭の中
で刻々と変わるものかもしれませんが
不安の総量は昔も今も変わらない。
「人間気の持ちようだよ」といっえしまえばそうですが、割り切りは
難しい。
「飢餓、弾圧、衛生上から来る死の恐怖」から発する不安が減った
ら、人はすぐ別の不安が心を満たすのでしょう。
人間が変わらない以上、未来もこの不安の総量自体は、変わらないと
思います。
 
3.どうやって不安解消?
ここでの結論は、「人間である以上、不安が解消することはない。
不安とともにずっと生きていく」ということです。
やはり、あきらめ、というか開き直りでしょうか。
まずは、飢餓、弾圧、衛生上の死の恐怖がなくてありがたいと思い
生きていれば、常に何らかの問題が生じ不安のネタが生じるのは仕方
ないと開き直り、日々を過ごしていく。
それが、無難な、気がします。